19歳の時に初めて書いた長編シナリオ
当時19歳、映画の専門学校の在学中時に課題で書いた、1時間ものを想定した長編シナリオです。その年のフジテレビヤングシナリオ大賞にて1次通過、2次落選という結果でした。今じゃ青臭すぎて書けないシナリオです。
登場人物
行村透子(17)
ハル(29)
南舞(17)
小野ミキ(30)
行村美佐江(40)
行村孝允(43)
彰(19)
少女
少女の母親
○ 夜景
ネオンやイルミネーションが光る夜景の中を飛んでいる黄色い紙飛行機。徐々に高度を落とし、一際イルミネーションが輝く場所へ落ちていく。
○ 一軒家・庭(夜)
サンタクロースのイルミネーションが輝く庭の中に、ピンク色のコートを着た少女と、少女の母親が手を繋いで入ってくる。二人は玄関の前へ。
少女の母親「寒いねぇ」
少女「うん」
少女の母親「もしかしたら雪が降るかな?」
少女の母親が少女の手を離し、鞄の中を探る。少女、ふと真横を見る。
黄色い紙飛行機がイルミネーションのコードに引っかかっている。
少女が紙飛行機を取りに行き、じっと眺めている最中、母親は鞄の中から鍵を取り出して玄関を開ける。
少女の母親「ほら、寒いからおうち入ろう」
少女「うん」
紙飛行機を持って母親の元へ。
タイトル「グライダー」
○ 学校・教室
授業中の教室。教壇に立つ小野ミキ(30)。
窓側の一番後ろの席に教科書を読む行村透子(17)。
小野「万葉集の編者は大伴家持と言われていますが、実際のところはわかっていません。まあ有名な歌をいくつか挙げると…」
チョークの音が響く中、透子の前の席の南舞(17)が透子の方を向く。
小野の声「額田王が読んだ『茜さす紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る』はとても有名ね。これの返歌として額田王の恋人であった大海女皇子が読んだ『紫のにほへる妹を憎くあらば人妻故に吾恋ひめやも』という歌があるんだけれど…」
舞「出たよ小野小町。どんだけ好きなんだよ俳句」
透子「俳句じゃなくて短歌ね」
舞「同じようなもんでしょ。長いよこれ」
透子「今のうちに爪切っとけば? 先月引っかかってたでしょ」
舞「いやいや、セーフでしょこれは」
透子に爪を見せる舞。
黒板にチョークを走らせる手を止めて舞に振り返る小野。
小野「南さん、授業中に行村さんに話しかけるんじゃないの! 行村さんの迷惑でしょう」
慌てて黒板の方を向く舞。透子、教科書に眼を戻す。
○ 学校・体育館
昼休み、小野や女性教諭の前に一列に並ぶ女子生徒達。
小野の列の先頭の舞の髪型をじっくりチェックする小野。
小野「はい爪見せて」
爪を見せる舞。
小野「長すぎ。来週までに切ってきなさい」
舞「えー! セーフでしょー」
小野「駄目です、バツにしとくからね」
名簿の舞の名前の横にバツ印を書き込む。舞の後ろに並んでいた透子が前に出る。
透子「お願いします」
透子の髪をチェックする小野。透子、爪を見せる。
小野「(爪を一瞬見てから)はい、大丈夫ね」
名簿の透子の名前の横に丸印を書き込む。
透子「ありがとうございました」
舞「はやっ! 小野センセー、透子だけ甘くないですかぁ?」
小野「あなたと行村さんとじゃ日頃の行いが違うのよ」
舞「なにそれ! えこひいきだ、逆差別だー」
小野「こら! 先生に向かってその口の利き方は何ですか! 南さんも少しは行村さんを見習いなさい! (透子の後ろの女子生徒達に向かって)あなたたちもよ!」
女子生徒達「(面倒くさそうに)はーい」
小野「みんながみんな、行村さんみたいにしっかりしてくれれば、こんな昭和時代なことしなくて済むのに。あなたたち、昼休みを潰されたって思ってるんでしょうけど、私の昼休みだって潰されてるんですからね!」
小野が怒鳴る中、そそくさと体育館から出る透子と舞。
○ 住宅街(夕)
並んで歩く透子と舞。舞は透子の爪と自分の爪を見比べている。
舞「あたしの方が短いってこれ!」
透子「日頃の行い」
舞が何かを見つけて足を止める。
舞「すげー、もうそんな季節かぁ」
透子も足を止めて舞の視線の先を追う。
イルミネーションで飾られた庭。
家の中からパンの袋を持ったピンク色のコートを着た少女が出てくる。
少女、透子と舞をちらっと見て走り去る。
舞「かわいー」
透子「こら、変質者」
舞「誰が変質者じゃ!」
再び歩き出し、十字路に差し掛かったところで止まる2人。
舞「そんじゃーねー」
透子「うん、また明日」
右の路地に曲がった舞の背中をしばらく見つめ、再び真っ直ぐ歩きはじめる透子。
徐々に速足になり、さっさと住宅街から抜ける。
○ 小さい公園(夕)
速足のまま公園に入り、ベンチに座って周りを見渡す。
砂場で遊んでいる子供たちのもとに母親がやってきて、手を繋いで帰っていく。
透子、ベンチの裏側に手を伸ばし、手探りで何かを探す。
ベンチの裏側には煙草のケースが貼りつけられている。手がケースにかかり、ベンチから剥がす。
煙草を一本取り出して咥え、ブレザーの内ポケットからライターを取り出して火をつける。
周りを気にしながら煙草を吸い、灰は地面に落とす。
ブラウスの第一ボタンを外し、結んでいた髪を解いて無造作に前髪をかきあげる。
女の声「こら、どこ行くの?」
子供の声「シャベルわすれた!」
公園の入り口から母子の声が聞こえることに気づき、煙草を足元に落とし踏みにじって火を消す。
○ 住宅街(夜)
風が吹く中、明かりが灯っている行村家。
○ 行村家・車庫
透子、車庫の中を覗く。
空っぽの車庫。
ほっと息をつく。
○ 行村家・透子の部屋(夜)
透子、扉を開けると同時に風が吹いてきて身をすくめる。
部屋の窓が開いており、カーテンが揺れている。
○ 行村家・階段(夜)
掃除機を抱えて階段を上る行村美佐江(40)。二階から降りてきた透子と鉢合わせる。
透子「お母さん、私の部屋の窓開きっぱなしだったんだけど」
美佐江「窓? …あっ! ごめん透子ちゃん、掃除した時に閉め忘れてたかも」
透子「また勝手に…。自分でやるって言ってるじゃん」
美佐江「そうね。お母さんがやる必要もないくらい綺麗だったもの」
透子「まあでも泥棒とかじゃなくてよかった」
透子、自分の部屋に戻ろうと階段を上る。
美佐江「あっ、そういえばこの間小野先生とデパートで会ったんだけど」
足を止めて振り返る。
美佐江「透子ちゃんのこと褒めてたわよ。本当に優秀な子だって。もうお母さんったら鼻高々だったわ」
透子「勉強だけできてもね」
美佐江「さすが行村先生の子はきちんとしてますねって、お父さんのことも褒められちゃった。お父さん、自分の生徒以上に透子ちゃんには厳しかったものねぇ。昔は透子ちゃんがグレたりするんじゃないかって心配だったけど、いい子に育ってよかったわ~」
透子「…まあね」
透子、再度自分の部屋に戻る。
○ 行村家・透子の部屋(夜)
窓を閉めると、窓に透子の顔が映る。カーテンを閉めようとするが、その手を止めて窓に顔を近づけ外を見る。
薄暗い住宅街に並ぶ家々と、窓ガラスに映る透子の顔。
無造作にカーテンを閉めヒーターの電源を入れようとする。
すると、ヒーターの陰に紙飛行機が落ちているのに気づく。
透子、紙飛行機を拾い上げしばらく眺めたあと、中を開く。
チラシの裏に『つやつやと私を映す窓枠に映る世界の狭さと暗さ』という短歌が書かれており、左端には『ハル』というサインが書かれている。
じっと紙を見つめる透子。
○ 学校・教室
授業中の教室内。チャイムの音。
小野「それじゃあ、次回までに教科書の45ページを現代訳に直してきてくださいね。今日はここまで」
バラバラに返事が聞こえる中、一斉に席を立つ生徒達。
プリントを整理している小野。そこに透子が近付く。
透子「あの、すみません。小野先生にお聞きしたいことがあって」
小野「珍しい。行村さんにもわからないところがあるの?」
透子「いえ、授業のことじゃないんです」
透子、ポケットから折りたたんだチラシを取り出し小野に渡す。
受け取ったチラシを開き、中の短歌を読む。
透子「誰か、有名な人の短歌なのかなと思って。小野先生なら知ってるかなと思ったんですけど」
小野「私の知る限りじゃ有名な歌人の歌じゃないわね」
左端に書かれた『ハル』というサインをじっと見る小野。
小野「ハルねぇ…。(チラシを透子に返す)ごめんなさい、やっぱり知らないわ」
透子「そうですか、ありがとうございます」
小野「いいえ、役に立てなくてごめんなさいね。それにしても、行村さんも短歌に興味があるの? 嬉しいわぁ、最近の若い人は短歌と俳句の区別もつかない人ばっかりで…」
透子、笑顔で聞き流しつつ、チラシを眺める。
○ 小さい公園(夕)
チラシを再び紙飛行機の形に戻したり、開いたりを繰り返す透子。
紙飛行機の形に戻したチラシを飛ばす真似をして、煙草を取り出す。
煙草に火をつけ、ふと周りを見渡すと何かを見つける。
透子の視線の先には歌集を読みながら公園の入り口に向かってくる小野。透子には気づいていない。
透子、慌てて煙草を捨てて踏み消し、紙飛行機と煙草のケースを鞄の中にしまって公園を後にする。
○ 大きい公園(夜)
長いベンチに座る透子。
周りに誰もいないことを確認し、鞄から煙草を取り出しライターで火をつける。
煙を吐き出し、目の前にあるチカチカと点滅する街灯を眺める。
ハルの声「やめた方がいいよ」
透子、驚いて後ろを振り返る。
小汚い恰好をしたハル(29)が透子の手元を覗き込んでいる。
ハル「ハマるとなかなかやめられなくなるし、女の子は将来赤ちゃん産む時に影響するし。だからそれはお兄さんによこしなさい」
透子に手を突き出すハル。透子、自分の鞄をしっかり手繰り寄せ、恐る恐る煙草を渡す。
ハル、煙草を受け取るなり一本を取り出して咥える。
ハル「ライター貸してくれない?」
透子からライターを受け取り、火をつけてライターを透子に差し出す。
透子「(首を横に振って)…いいです、あげます」
ハル「いいの? ありがとう」
ハル、透子と向き合うようにしてベンチの前のスペースに座る。汚い鞄の中から何枚かのチラシや折り紙を取り出して石の重しを乗せて並べる。
透子、恐る恐るその場から離れる。そこに風が吹いてくる。
ハルが持っていた折り紙が風に煽られて透子の方へ飛んでいく。
ハル「あっ!」
透子、ハルの声に反応して振り返ると、風に吹かれた折り紙が顔面へ。
透子「わっ!」
顔面の折り紙を取って白紙部分に書かれた文字を見る。
そこには『ベランダの凍る手すりに肘を乗せ下に落つるは橙の灰』という短歌が書かれており、左端には『ハル』のサインが。
透子、のろのろとこちらへ駆け寄ってくるハルを見る。
ハル「ごめんね、ありがとう」
ハル、透子から折り紙を受け取って元の場所に戻ろうとする。
透子「あの!」
足を止めて透子に振り向くハル。
透子、鞄の中からチラシの紙飛行機を取り出す。
ハル、紙飛行機を指差して笑う。
ハル「初めてそれが人に届いた!」
× × ×
並んで置かれている短歌が書かれた紙を屈んで見つめる透子。
透子「これ、全部あなたが書いたんですか?」
ハル「そう。ぜーんぶハルくん印のオリジナル商品」
透子、一枚の紙を手に取る。
透子「おいくらですか?」
ハル「煙草くれたし、特別価格でゼロ円でいいよ。ただし、おひとり様一日一枚だけね」
透子、もう一枚の紙を取って見較べる。
透子「ん~…」
ハル「一回迷うと良くないよ」
透子「だって…」
右手の紙には『パステルのランプを消せぬ君の眼に 幾度笑えど日は暮れていく』、左手の紙には『灰色にくゆる濃霧のハリネズミ 川に浮かべた星の高さよ』と書かれている。
透子「どれもすごく綺麗だから。こんなに綺麗な短歌、はじめて見ました」
ハル「そんなに褒めてくれるなんて、嬉しいなぁ」
透子、左手の紙を置いて、右手の紙を両手で握る。
透子「こっちで」
ハル「毎度あり~」
透子、短歌をじっと見つめる。
ハル「君の名前は何て言うの?」
透子「行村透子です」
ハル「とうこって字は、どう書くの?」
透子「透明の透に子供の子と書きます」
ハル、鞄からペンと黄色い折り紙を一枚出して短歌を書き込む。
書いた短歌を透子に差し出す。
ハル「はい、おまけ」
受け取った短歌を見ようとする透子の手を止める。
ハル「それは一人の時に見てね。もう暗いから、おうちに帰りなさい」
透子、黙ってポケットの中に二枚の紙をしまう。立ち上がって出口へ。
振り返ると、ハルが小さく手を振っている。
○ 行村家・玄関(夜)
玄関の扉を開けて家の中に入ってくる透子。そこに美佐江が駆け寄る。
美佐江「おかえり。遅かったじゃない、どうしたの?」
透子「ちょっと残って勉強してたら思いのほか遅くなっちゃって」
美佐江「そうなの。勉強してたなら仕方ないけど、心配するからなるべく早めに帰ってきてね」
透子「ごめんなさい、気をつける」
透子、靴を脱いで二階の自分の部屋へ。
○ 行村家・透子の部屋(夜)
鞄をその辺に放り投げ、ベッドに寝っ転がる。ポケットの中から折りたたんだ黄色い折り紙を取りだす。
折り紙を開くと、そこには『冬の日の曇り硝子の向こう側 指でなぞった文字越しの君』と書かれている。
○ 大きい公園(夕)
周りを気にしながら公園に入っていく透子。
長いベンチの目の前にある街灯の下で、ハルがピンク色のコートを着た幼い少女と話している。
足を止め、遠くからそれを見る透子。
少女がリュックの中から折り紙を出し、ハルに渡す。少女が手を振りながら去っていくのを手を振り返して眺めるハル。
少女が見えなくなってからハルに近づく透子。
ハル、透子に気付く。
ハル「今日も来てくれたんだ」
透子「さっきの子は誰なんですか?」
ハル「スポンサー」
透子「スポンサー?」
ハル、少女からもらった折り紙をひらひらと透子に見せつける。
ハル「ちょうど紙が無くなりそうだったから助かったよ」
透子「…あぁ。なるほど」
ハル「せっかく来てくれたんだけど、今日はもう店じまい」
透子「えっ?」
ハル、並べられた紙を回収して鞄の中へ。立ち上がって歩き出す。
ハル「時間があるならおいで。綺麗なものが見られるよ」
透子、ハルについていく。
○ 高台への階段(夕)
軽々と階段を駆け上がるハル。
ハル「ほら、早くしないと日が暮れちゃう」
息を切らしながらハルを追いかける透子。
ハル「まったく、煙草なんて吸ってるから!」
ハルは透子を置いて上へ。透子、ハルを追う。
○ 高台(夕)
ようやく階段を上り切り、その場にしゃがんで咳き込む透子。
呼吸を整えながら視線を上げる。
高台からの景色は、茜色の空の下に家々が並んでいる。
ハル「こっちおいで透子ちゃん」
高台の柵に寄り掛かって鞄から紙を一枚出すハル。透子、ハルのもとへ。
取り出した青い折り紙を紙飛行機にして、眼下の景色に向かって飛ばす。
透子「あっ」
透子、咄嗟に紙飛行機を掴もうとするが手が届かない。
夕日の中、街へ向かって飛んでいく青い紙飛行機。
ハルは売れ残った短歌を紙飛行機にして、飛ばすという行為を繰り返す。
ハル「残った歌は全部こうするんだ。消費期限が切れないうちに、誰かに届くように」
透子「消費期限?」
ハル「言葉にだって消費期限があるんだよ。だから言葉が綺麗なうちに人に伝えなきゃ駄目なんだ。透子ちゃんにハルくんの歌が届いたみたいにね」
透子「あっ…あの紙飛行機」
ハル、水色の折り紙を紙飛行機にして透子に渡す。
ハル「はい」
透子、受け取った紙飛行機をしばらく眺め、意を決したように飛ばす。
茜色の空を縫うようにして飛んでいく水色の紙飛行機。
その様を見つめる透子。
○ 高台への階段(夜)
並んで階段を降りる二人。
透子「明日は何時からお店やってますか」
ハル「さぁ。歌が書けたならいつでも。消費期限が切れそうになったら、すぐ閉める」
足を止める透子。つられてハルも止まる。
透子「あの、ハルさん」
ハル「『ハルさん』ってのはやめて。『ハルくん』とか『ハル』とか、そういう風に呼んで。ついでに敬語もやめてね」
透子「…じゃあ、ハル。学校四時に終わるから、それまでお店やっててね」
透子、階段を小走りで降りていく。一番下に降り、ハルを見上げる。
透子「また明日!」
透子に小さく手を振るハル。
○ 学校・教室
紙パックのココアを音を立てて啜る舞。
透子は歌集を読んでいる。
舞「何それ」
透子「小野先生が貸してくれたの」
舞「小野小町が? ヤバい、透子まで万葉集教に引きずり込む気だ!」
透子「何よ万葉集教って」
飲み終わったココアの紙パックを潰しながら歌集を覗き込む。
舞「それにしても何で急にそんなん借りたの? 別に興味とかなかったじゃん」
透子「うん、ちょっとね」
舞「ふーん」
舞、その場から離れる。
透子、ポケットから黄色い折り紙を取り出し、中の短歌を読む。
○ 大きい公園(夕)
ベンチの上に寝そべり、煙草を吸いながら短歌を書いているハル。ハルの顔の前に缶のココアが置かれる。
顔を上げると、そこには透子がいる。
ハル、ココアを取ってベンチに座り直し、その隣に透子が座る。
缶を開けて一口飲む。その様を見つめる透子。
○ 行村家・透子の部屋(夜)
透子、ベッドの上に寝転がりながらチラシの裏を眺めている。
裏には『眼に滲みる痛い煙のほろ苦さ カイロ代わりのココアの甘さよ』と書かれている。
○ 大きい公園(夕)
ハルから短歌を買うホームレスA。
ホームレスA「ほい、お代」
ホームレスAがハルに煙草を差し出す。
ハル「毎度あり~」
ベンチの両端には透子とホームレスBが座っている。
ホームレスB「不思議なヤツだよな、ハルはよぉ。去年の今頃、いつの間にかこの公園に住み着きやがったんだ」
ホームレスAから貰った煙草を吸うハル。
清掃員がハルに声をかけ、短歌を物色している。
ホームレスB「あれもな、お代なんか何だっていいんだからな。煙草だって、コーヒーだって、空き缶だっていいんだよ。ああいうのをなんていうの、アーティストっての?」
次々にハルのもとへやってくる会社員 や青年、派手な格好の女。
透子「…お客がいっぱいだ」
ホームレスB「みんな常連客だよ。あいつの目から見た世界を見たがってる連中さ。嬢ちゃんもその仲間入りだな」
客と談笑するハル。
その姿を透子はじっと見つめている。
○ 高台(夜)
ベンチに座る2人。ハルは煙草を吸っている。
ハル「帰らなくていいの? もう真っ暗だよ」
透子「大丈夫大丈夫」
ハル「適当に言いくるめるから?」
驚く透子。
ハル「嫌だね。もうなんとなくわかっちゃうんだ、その人の歌を書くと」
透子、ポケットから黄色い折り紙を取り出し、中の短歌を読む。
『冬の日の曇り硝子の向こう側 指でなぞった文字越しの君』の短歌に『ハル』のサイン。
透子「…私が書いたのかと思ったもん」
ハル「それは困るなぁ、僕の専売特許なんだから」
ハル、吸い終わった煙草を地面に落として足で踏みにじり、鞄の中から紙を取り出して折り紙を始める。
ハル「僕もね、昔は透子ちゃんみたいだったんだよ。でもねぇ、嫌になっちゃって、やめちゃった。それでこんなんになっちゃった」
透子「…私も、やめたいな。いいな、私ハルになりたい」
ハル「…やめといた方がいいと思うよ」
沈黙。
ハル「できた」
ハル、足の生えた紙飛行機を透子に渡す。
透子「きもっ! これ飛ぶの?」
ハル「試してみる?」
透子、紙飛行機を飛ばす。
すぐ落ちる紙飛行機。
それを見て笑う二人。
○ 住宅街(夜)
急ぎ足で家へ向かう透子。
○ 行村家・車庫(夜)
透子、車庫の中を覗く。
車庫の中に車がある。
表情が歪む。
○ 行村家・玄関(夜)
玄関の扉を開けて透子が入ってくる。そのまま靴を脱いで二階へ上がろうとする。
孝允の声「透子」
足を止める。
○ 行村家・居間(夜)
透子、居間に入る。
居間の食卓に行村孝允(43)が座り、その隣に美佐江が座っている。
孝允「座りなさい」
孝允の正面に座る。
孝允「最近、帰りが遅いんだってな」
透子「…学校で勉強してるんです」
孝允「今度から家でやりなさい。もう暗くなるのが早いんだから」
透子「家だと気が散っちゃって」
孝允「遅くまで帰らないと母さんが心配する。親に余計な心配かけるんじゃない」
透子「…すみません」
美佐江「怒ってるんじゃないのよ、心配なのよ。透子ちゃんにもしものことがあったらって。お父さんはあなたのことを思ってこう言ってるのよ」
透子「わかってます。これから気をつけます、すみません…」
○ 行村家・透子の部屋(夜)
制服が脱ぎ捨てられている。
窓に映った自分を見つめる部屋着姿の透子。窓の向こうの遠くの方にイルミネーションの光が見える。
○ 学校・廊下
透子、歌集を小野に渡す。
透子「これ、ありがとうございました」
小野「あら、もう少し借りててもよかったのに。どう、面白かったでしょう?」
透子「はい。とても」
満足そうに歌集を鞄の中に入れる小野。
小野「そういえば行村さん、進路の方向性は決まった?」
透子「…いえ、まだ」
小野「進路は早めに決めた方がいいわよ。後で苦労するのは自分なんだから」
透子「はい、わかってます」
小野「行村さんだったら国立を受けた方がいいかもね。いっそ東大なんてどう? 決して無理な事ではないと思うの。行村さんは本当に頭がいいし、ハードルが高ければ高いほど乗り越えた時の快感は凄いわよ」
透子、笑顔で聞き流しているが後ろ手に組んだ手でブレザーをギュッとつかむ。
○ 大きい公園(夕)
ベンチに並んで座る透子とハル。
ハル「ここを離れることにしたよ」
ハル、煙草を取り出して吸い始める。空になったケースを握りつぶしてポケットの中へ。
ハル「もうちょっと寒いところへ行ってみようと思うんだ。せっかく冬なんだし」
透子「…いつ」
ハル「そうだね。…クリスマスになったらかなぁ」
透子「…そっか」
ハル「スポンサーに泣かれちゃった。『ハルくん行かないで』って。透子ちゃんは、言わないんだね」
透子「だって、そっちの方がハルらしいから」
透子、立ち上がる。
透子「自由でいいじゃん。私もどこか行きたい」
短い沈黙。
ハル「…透子ちゃんは、あったかいとこにいた方がいい。今年の冬は、寒いから」
○ 行村家・居間(夜)
夕飯を食べる透子、美佐江。車のエンジン音が聞こえてきて、透子の箸が止まる。
美佐江「あら、ずいぶん早いわね」
美佐江、席を立って玄関へ。
透子はひとり浮かない顔で夕飯を食べる。玄関が開く音。
孝允の声「ただいま」
美佐江の声「おかえりなさい、遅くなるんじゃなかったの?」
孝允と美佐江が居間へ入ってくる。
孝允「案外早く終わらせられた。夕飯は食べてきたからいい」
美佐江「そうですか、用意してなかったからよかった」
孝允「透子」
孝允、食卓に座る。
孝允「お前、大学はどう考えているんだ」
透子「大学は、まだ…」
孝允「早く考えておきなさい。今からでも遅い方だ」
透子「何の勉強をするか、迷ってるんです」
孝允「お前は将来何になりたいんだ」
黙り込む。
孝允「何になってもいいが、安定した職業にしておきなさい。この時世だからな、安定性が第一だ。俺のように公務員になるのが一番安定してるがな」
美佐江、席に戻る。
美佐江「あら、いいじゃない。お父さんみたいに先生になったら? 透子ちゃんは頭もいいし、お友達に教えたりするのも上手かったものね」
孝允「教師は苦労するぞ、やめておけ」
美佐江「じゃあ婦警さんは? 昔から正義感の強い子だったし、結構向いてると思うわよ」
孝允「立派ではあるが、いつ怪我するともしれない仕事に就かせるのは嫌だな」
美佐江「そうね、女の子だものね。だったら裁判官とかもいいかもしれないわね。透子ちゃんぐらい頭が良かったら夢じゃないわよ」
孝允「いくら何でも敷居が高すぎる。もう少し現実を見ろ」
美佐江「あら、だったら…」
透子は俯き、何も言えずにいる。
○ 行村家・夫婦寝室(深夜)
それぞれのベッドで眠りについている孝允と美佐江。
○ 行村家・透子の部屋(深夜)
開きっぱなしのクローゼットに空のベッド。
○ 大きい公園(深夜)
チカチカと点滅する街灯の下で店を開いているハル。俯いて手を摩っている。
ハルの正面に誰かがしゃがみ込む。顔を上げるハル。
ハル「いらっしゃい」
驚くハル。
視線の先にはスウェットにコートを着ただけの透子。
透子「私も連れてってよ、ハル」
透子、ポケットから煙草を取り出して吸い始める。
透子「もう限界なの。自由になりたいの」
○ 高台(深夜)
ベンチに並んで座り、煙草を吸う透子とハル。
透子「子供の頃、お父さんのことがすごく好きだった」
煙草のケースを見つめる透子。
透子「時々お父さんの教え子がうちに来て、お父さんに挨拶してくの。『結婚しました』とか『就職できました』とか、そんなん。私、その度にお父さんのことが自慢でたまらなかった。言うことを守ればお父さんは喜んだから、ずっとそうしてた。…でも今は、それが苦しくて苦しくてたまらない」
透子の話を黙って聞くハル。
透子「やりたくもないことをやるのって疲れるんだ。でも、何がやりたいのかって言われても答えられない。ただ、もう嫌なの」
ハル「……」
透子「ねぇ、ハル。ハルも昔、私みたいだったんでしょ。どうやってやめたの? 怖くなかった?」
ハル「…透子ちゃんは、怖い?」
透子「…怖いよ、そりゃ」
しばしの沈黙。
ハル「僕がまだ透子ちゃんみたいだった頃、東大に行ってたんだ」
透子「うそ! ハル頭いいんだ」
ハル「結局、すぐ辞めちゃったけど」
ハル、鞄の中から一枚の手紙を取り出し、それを眺める。
ハル「その頃ね、弟がいたんだ。ちょっと要領の悪い子だったけど」
○ 空(回想)
青空の中を飛んでいるハンググライダー。
ハルの声「ハンググライダーが趣味でさ。凄いんだよ、スイスイ空を飛ぶの」
○ 高台(深夜)
ハル「僕が大学やめた時ね、両親がそれはもう怒っちゃって。今までずっと、いい子だったのが急に変わっちゃったから。僕の代わりを弟に求めて、弟はその期待に応えようと必死だった。…そんなに器用な子じゃなかったのにね。それなのに頑張りすぎちゃって、パンクしちゃった」
○ 屋上(回想)
屋上のフェンスの前に揃えられた靴。
ハル「…きっと空、飛びたかったんだろうね」
○ 高台(深夜)
ハル「僕のせいで、僕の身代わりに死んでしまった」
透子「ハルのせいじゃないよ! そんなの、親のせいじゃん!」
ハル「ううん、僕のせいだよ。彰も、弟もそう思ってる」
手紙の文面には『兄貴へ。落とし前はつけろよ』という言葉と『彰』の文字。
ハル「僕は自由でいなきゃならないんだよ。どうしようもなく苦しいけど、それが僕の『落とし前』だから」
手紙をしまい、立ち上がって景色を眺める。
ハル「怖いままでいいんだよ、透子ちゃん。自由なんて、そんないいものじゃない」
透子、ポケットの中から黄色い折り紙を取りだして眺める。
透子「じゃあ、どうしてこんなの書いたの?」
ハルに詰め寄る。
透子「ハル、私みたいだったんでしょ? これ、ハルの歌なんでしょう。どうしてこんなの書いたの!」
沈黙。
透子「…自由でいなきゃならないって、ハルは自由でもなんでもないじゃん!」
その場から走り去る。
取り残されたハル。
○ 大きい公園
透子、公園に足を踏み入れる。
が、すぐに踵を返して公園を跡にする。
○ 学校・教室
騒がしい教室内。生徒同士で成績表を手に談笑している。
浮かない顔の透子のもとに舞が駆け寄る。
舞「信じらんない、小野小町絶対あたしのこと嫌いだよね! なんであたしだけ古典二なのよー!」
透子の前の席に座り、透子の顔を覗く。
舞「…透子、どしたの?」
透子「え? なんで?」
舞「珍しく落ち込んでる顔してる。まさか透子も古典二だった!?」
舞、透子の机の上の成績表を見る。
舞「あー、でたでたオール十点。何も言うことありませんよ」
透子「…ねぇ舞。自由って何なんだろうね」
成績表から顔を上げる舞。
舞「革命でも起こすの?」
透子「…ある意味、革命なのかな」
舞「あれ、冗談だったのに。…自由なぁ」
舞、ふと窓の外に目線をやる。
つられて透子も目線を窓の外へ。
青い空の中を飛んでいる黄色いハンググライダーが見える。
舞「パラグライダーってさ、はたから見たらのんびり空を飛んでるように見えるけど、実際は落ちてるんだよね。もしかしたら民家の頭上に落ちて死んじゃうかもしれない。おまけに一回飛んじゃったら途中でやめたくてもやめられないじゃん。あたし、あれやる人の神経がわかんないけど。でもさ、そういう人はそれでも空飛びたいんだろうね。怖いけどさ」
透子、ハンググライダーをずっと見つめている。
舞「あたし透子みたいに精神がお貴族じゃないから、自由が何なのかとかわかんないけどさ。髪巻いたり、爪伸ばしたりしたら小野小町に怒られるけど、やりたいじゃん。女の子だし。そういうもんじゃないのかなぁ。よくわかんないけど」
透子「…舞。あれはパラグライダーじゃなくてハンググライダーだよ」
舞「…わかってたよ! わざとだし!」
○ 行村家・透子の部屋(夜)
ベッドの上に寝転がって黄色い折り紙に書かれた短歌を読む透子。
透子「冬の日の、曇り硝子の向こう側、指でなぞった、文字越しの君…」
折り紙をたたみ、ポケットの中にしまう。
美佐江の声「透子ちゃん、ご飯よ」
透子「…はい」
起き上がり、ふと窓を見る。
窓ガラスは曇っており、ぼんやりとしか外が見えない。透子、手を伸ばして窓を指でなぞる。指でなぞった部分から、イルミネーションのサンタクロースが見える。
透子、ベッドから降りて机へ向かう。
手近なペンと紙を取り、何か書き込む。
○ 行村家・階段(夜)
階段を上がる美佐江。扉が開く音。
部屋から出てきた透子が階段を駆け下りてくる。
美佐江「あら。遅いから今呼びに行こうと思ってたのよ」
透子「ごめんお母さん、ちょっと出かける」
美佐江「えっ? ちょっと、透子ちゃん?」
美佐江を通り過ぎて階段を降り、玄関へ向かう透子。美佐江、手すりから身を乗り出して透子を見下ろす。
○ 行村家・玄関(夜)
透子、靴を履いて扉を開ける。
ちょうど帰って来た孝允と鉢合わせる。
孝允「なんだ、透子か。どこに行くんだ」
透子「…ちょっとそこまで」
孝允「もう辺りも暗い。明日ではいけないのか」
透子「駄目なの! 今すぐじゃなきゃいけないの!」
見つめ合う二人。
孝允、身につけているマフラーを取って透子の首に巻く。
孝允「寒いから、気をつけていきなさい」
透子「…ありがとう」
透子、走って家を出る。
○ 住宅街(夜)
公園に向かって走る透子。
○ 行村家・玄関(夜)
透子を見送る孝允。玄関に美佐江がやってくる。
美佐江「透子ちゃんったら、お父さんが帰って来たっていうのに…。せっかくクリスマスのご馳走作ったのに」
孝允「久々にあの子が俺に敬語を使わないで話してくれたよ」
孝允、開いた玄関の扉から外を見る。
孝允「そうか、透子も大きくなったんだな…」
○ 高台(夜)
夜景を眺めるハル。
透子の声「ハル!」
振り返る。
息を切らせた透子の姿。
ハル「…メリークリスマス」
透子、ハルの正面まで来て、ポケットから取り出した紙をハルに差し出す。
透子「私も書いてみたの、短歌。…読んでみて」
ハル、紙を受け取って中を見る。
紙面には『ぬるい部屋 曇った窓を開け放つ 冷たい痛みとイルミネーション』と書かれてる。
ハル「『ぬるい部屋 曇った窓を開け放つ 冷たい痛みとイルミネーション』。…きれいだ」
透子「…今度からこれが私の歌」
透子、ポケットの中から黄色い折り紙を取り出し、紙飛行機を折る。
透子「だから、これはもういらない」
黄色い紙飛行機を思いっきり飛ばす。
夜景に向かって飛んでいく紙飛行機。
紙飛行機を見つめる二人。
ハル「…何度も言うけど、そんなにいいものじゃないよ」
透子「でも、どっちかしかないでしょ? 安全な家の中から空を眺めるか、怖くても、ギリギリの状態で空を飛ぶか」
紙飛行機が完全に見えなくなる。
お互いを見つめる二人。
透子「私はこっちがいい。自分が何をしたいのかもわからないけど、私は空を飛ぶことを選ぶよ」
ハル「…透子ちゃんは強いね」
透子「まだ何も失ってないから。…子供の夢物語って思うかもしれないけど」
ハル、首を横に振る。
ハル「透子ちゃんにしか書けない、綺麗な歌だったよ」
ハル、ベンチに座る。
ハル「…彰が、弟が死んだ日の前の晩、急に話がしたくなって電話したんだ。たわいもない話をして、お互いの近況報告なんかをして」
○ 電話ボックス(回想)
ボックスの中で受話器を手に電話しているハル。
ハル「そっか、相変わらずでよかったよ」
彰の声「なぁ、兄貴。なんか、短歌読んでくれよ」
ハル「どうしたんだよ、急に」
彰の声「いいだろ! 可愛い弟の頼み!」
ハル「(考え込んで)『青空に 飛び立つ魚 泳ぐ鳥 人にも羽があればいいなと』。 …どう?」
彰の声「…うん、やっぱりすげえな兄貴。これはマジで辞世の句にするよ」
ハル「(笑い混じりに)なんだそれ」
彰の声「なあ、兄貴」
ハル「ん?」
彰の声「やっぱり、兄貴は今のまんまが一番似合ってるよ」
○ 高台(深夜)
手紙を眺めるハル。
ハル「…僕の短歌を一番最初に褒めてくれたのは彰だったなぁ」
ハル、手紙をしまって顔をピシャリと叩く。
ハル「駄目だ、年とると湿っぽくなっちゃっていけないなぁ」
ハル、立ち上がる。
ハル「もう行くよ。この街に来てよかった」
透子「どこへ行くの?」
ハル「どこへでも。短歌が書けて、僕が自由でいれるなら」
見つめ合う二人。
ハル「…さよなら。元気でね」
透子「ハルも。…野垂れ死にしないようにね」
ハル、鞄の中から煙草のケースを取り出して透子に渡す。
ハル「ありがとう。煙草、美味しかったよ」
手を振りながら階段を下りていくハル。
透子、ハルが見えなくなっても手を振り続ける。
○ 一軒家・庭(夜)
黄色い紙飛行機がイルミネーションのコードに引っかかっている。
少女が紙飛行機を取りに行き、じっと眺める。
少女の母親「ほら、寒いからおうち入ろう」
少女「うん」
紙飛行機を持って母親の元へ。
ふと、家の中に入る前に紙飛行機を飛ばす。
イルミネーションの光の中、再び空を飛ぶ紙飛行機。
青臭ぇーわ、人物が薄っぺれーわ、恥ずかしーわ、読み返すだけで赤面しそうな代物ですが、結構好きなところも多かったりします。
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