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『ロボット 2.0』 大蛇と怪鳥が語るもの

 以下に記すことは、もしかしたら映画観賞の仕方として「邪道」かも知れません。また、エンタメの役割からすれば頓珍漢な態度かも知れません。しかし、あえてそれをするのは、近年の日本におけるインド文化に対する認知度の急上昇‥‥この点は誰が何と言おうと『バーフバリ』の大ヒットに依るところが絶大です‥‥を踏まえ、機は熟した、と考えたからです。そもそも、インド発信の宗教である仏教のプロフェッショナルたる日本のお坊さんが、何百年かかってもなかなか進められなかった異文化の「巨大な山車」を、ヘイサ!ルッドラッサ!で一気に牽引したのですから、『バーフバリ』の功績は計り知れません。
 そこで今回は、昨年インドで大ヒットしたタミル映画『ロボット 2.0』の日本公開を期に、前作にあたる2010年の南インド映画『ロボット』と、その人気を受けて生まれた北インドのヒンディー映画『ラ・ワン』(2011年)、そして今作『2.0』へと到る流れを、インドの宗教的な視点から鳥瞰してみようと思います。
〈※年時はいずれもインドでの公開時〉
各作品の詳細な内容についてはAmazonプライムやDVDレンタル、上映中の劇場でご確認を願うとして、ぜひ知っておいていただきたいのは、インドの古典『ラーマーヤナ』です。
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%BC%E3%83%A4%E3%83%8A
じつは、この大叙事詩にはまったく正反対の捉え方があるのです。それは古代、インド北部から三角大陸へと侵入したアーリア人による先住民ドラヴィダ人の征服を神話化したもの、とする見方です。主人公ラーマひきいる討伐軍をアーリア人の象徴、対する魔王ラーヴァナひきいる羅刹軍をドラヴィダ人の象徴と見るこの解釈は、決して奇矯なものではなく、ドラヴィダの地:南インドを中心に、支持している人たちが少なくありません。
〈※ペリヤール・ラーマサーミ『THE RAMAYANA 〜 a true reading』他〉
ところで、ヒンドゥー教では、この世の全ては「リーラー(戯れ)」であると見ます。ゆえに〝絶対善〟も〝絶対悪〟も存在せず、神も過ちを犯し、魔も正義を行なうことがある、という思想です。一見すると、寛容の極みのようであり、また秩序を無視するかのようでもありますが、それはあくまで形而上世界の概念。現実には、厳格なカースト制度で人間を縛り付けます。そしてその底流には、征服者による被征服者への民族差別もあるのです。
 さて、2010年『ロボット』。言わずと知れた〝SUPERSTAR〟ラジニカーント主演のSFアクション大作で、VFXを駆使した驚異の映像世界は「ワケわからんが面白い」のキャッチコピーで日本でも人気を博しました。ストーリーの軸といえば、機械が感情を持ってしまったため人間の女性に恋をし、叶わぬ想いゆえに解体を余儀なくされ、悪の科学者によって殺人兵器として再始動、人間社会を大混乱に陥れる…と、何処かで聞いたようなお話です。
しかし殺人兵器となったあと、かつて恋した女性を拉致する展開に『ラーマーヤナ』の魔王ラーヴァナがシーター姫を誘拐した話を重ねると、少し違った見方も出来るのではないでしょうか。また殺人兵器は、みずから作った無数の複製ロボットを合体させて巨大なコブラとなり、都市を破壊します。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、大蛇は、インドでは「ナーガ (竜)」と呼ばれ、人智を越えた存在として、今も民衆から畏敬の念をもって崇められています。更に云うなら〝みずから無数の複製を生み出す〟力は、インド神話ではアスラ (阿修羅)のもつ特殊能力とされています。
物語のラスト、悪の回路を外されて善良なロボットに戻った彼は、自分で自分の頭部を引き抜き、機能を停止させます。
 このタミル映画『ロボット』の大ヒットを受け、翌2011年ヒンディー映画(いわゆるボリウッド)界は〝KING〟と称されるシャー・ルク・カーン主演で『ラ・ワン』を公開しました。そのストーリーは、開発中のヴァーチャル格闘ゲーム「Random Access version One」の頭文字を取った敵キャラRa.ONE (魔王ラーヴァナの名に掛かっている)が暴走して殺戮を繰り返し、それを迎え撃つ人類の味方G-ONE (Good Oneの略、ヒンディー語で生命の意味「ジーヴァン」に掛かっている)との戦いを描いたSFアクションです。ちなみにこの作品には、アメリカのR&Bシンガーソングライター:エイコンも劇中歌で参加しています。また、本編の途中、コミカルなシーンでラジニカーントもカメオ出演しますが、この映画で敵のラ・ワン(ラーヴァナ)は、一片の同情の余地もない徹底した悪役として描かれます。つまり、北インドのアーリア系思想が意図的に打ち出されている、という見方も出来るのではないでしょうか。
 そして2018年、今やボリウッド界屈指の〝稼ぎ頭〟アクシャイ・クマールを敵役に迎え、『ロボット 2.0』が登場しました。日本ではちょうど今劇場公開中のため、詳しい内容は記しません。アクシャイ演じる鳥類学者が愛する鳥たちを守りたい一心から善意を暴走させ、情け容赦なく人類を殺戮します。その際に彼は、巨大な怪鳥となって、都市を破壊するのです。
 では最後に、ここでもう一度『ラーマーヤナ』を振り返ります。あの神話には、主人公ラーマを助ける神鳥ガルダが登場します。
ガルダ‥‥仏教に取り入れられて迦楼羅天(かるらてん)となった‥‥は、アーリア系インド神話の世界ではナーガと敵対する存在であり、悪竜・毒蛇を退治する聖なる鳥とされます。
 悪を暴走させて大蛇となるか、 善を暴走させて怪鳥となるか。
ドラヴィダ世界が生んだ『ロボット』シリーズには、もしかしたら、そんなメッセージが織り込まれているのかも知れませんね。

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