漢字一文字に潜む宇宙。奥深き漢詩の世界
教育学部中学校教育コース国語科の漢文学研究室のゼミ風景を見学しました。漢文と一口にいっても、そのジャンルは、小説あり、論語などの経書あり、史記のような歴史書あり……と様々です。この日のゼミでは漢詩を読んでいました。
ズバリ漢詩の魅力について、漢文学を担当する中島先生にお尋ねしました。
「一見すると単純な漢字の並びに見えるかもしれません。ですが漢字の一文字一文字に奥深い意味が潜んでいて、表面通りではないんです。読み解いていくうちに、向こう側に思いがけない世界が広がっているんですよ」。
中国南宋時代の詩人・范成大(はん せいだい)の七言絶句『宿東寺(東寺に宿す)』を読んでみましょう。
淡天如水霧如塵(淡天水の如く霧塵の如し)
残雪和霜凍瓦鱗(残雪霜に和し瓦鱗に凍る)
織女無言千古恨(織女言無し千古の恨)
素娥有意十分春(素娥意有り十分の春)
ゼミ生「織女(三句目)は星の名前でもあります。素娥(四句目)にも月の意味があります」
中島先生「なるほど。月と星の対との解釈ができますね」
留学生「一句目に淡天如水とありますが、中国には水天一色という四字熟語があります。水(川)と空がひと続きになっている様子を意味します」。
中島先生「日本には大きな川がないので、川と空が重なる様子を見ることはありません。広大な中国ならではの四字熟語ですね」。
ゼミ生、留学生から様々な見解が寄せられ、文字の向こう側に広がる世界がうっすらと見えてきました。
漢文の翻訳は、まず漢字辞典や中国語辞典で文字の意味を調べるのが基本です。そこから、ほかの作品での表現例と比べたり、先行研究の文献を調べたり、周辺描写からイメージを膨らませたりして考察を重ねます。漢詩の場合、比喩や、他の言葉にかけていたりすることもあるので、一層難しいとのこと。状況を捉えらることができてスイスイと翻訳できる詩もあれば、一文字の解釈に難航して90分のゼミが終わることもあるそうです。
「中国における宋の時代は自然科学が発達した時代です。天文学への意識も高まっていた可能性があります。この作品から時代背景を掘り下げると面白い研究テーマになりそうですね」と中島先生が研究的視点を助言しました。
范成大は南宋時代の人物で、政治家としても活躍しました。田園風景を詠んだ作品が多く、日本では江戸時代後期に好んで読まれた記録があります。現代では、李白、杜甫などの有名な詩人と比べると知名度が低く、現代語訳されていない作品が多く残されているので、漢文学の研究テーマとして面白い人物と言えるでしょう。
普段何気なく使っている漢字、その成り立ちや意味に触れる漢文学には、読めば読むほどに別の味わいが見つかる奥深い沼がありました。
長崎大学教育学部中学校コース国語科での漢文学の科目は、漢文学概論(2年前期)、漢文学購読(3年前期)があります。