17人の研究者がディープに語る長崎
書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』
2021年7月、書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』が発行された。自然、地誌、歴史、文化、教育、言語、医療、土木など長崎大学7学部の教員がそれぞれの専門分野から長崎をテーマに掘り下げ、全17の章にまとめられている。いずれも研究者が直々に伝える”新鮮な発見”に溢れている。同じ長崎でも専門が違えば、時代が違えば、角度が違えば、見える印象は全く異なる。
例えば、猫に注目。長崎に尾曲り猫が多いのはなぜか? 実は東南アジアとの貿易があった長崎ならではの歴史的な理由がある。
多文化社会学部 木村直樹教授著『第3章 近世貿易都市長崎の特質を考える』より
例えば、日本の近代化を支えたことで有名なトーマス・グラバーには息子がいた。倉場富三郎。彼の日本における業績は父同様に大きい。日本の水産業を活発化させ、806図からなる魚類図譜(通称:グラバー図譜)を遺している。
水産学部 山口敦子教授著『第11章 倉場富三郎が遺した日本西部及南部魚類図譜』より。なお、グラバー図譜については長崎大学広報誌『Choho』で関連記事が連載されています。上の画像はVol.77より転載。
17の章を読み進める毎に異なる長崎の奥深さに気がつくはずだ。
授業版で長崎に浸る
実は同書の内容は、長崎大学1年生前期の自由選択科目『今と昔の長崎に遊ぶ』で更に詳しく学ぶことができる。書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』は同科目の教科書。全15回の授業は書籍同様、毎回講師が変わるオムニバス方式だ。オンライン授業だが、熱のこもった長崎考は対面授業と遜色ない。第14回目の授業、教育学部の大平晃久先生の『軍事都市としての長崎』を覗いた。
※書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』内の『第15章 軍事都市としての長崎』に該当。
「長崎が軍事都市だった!」って本当???
海外からの玄関口として、県民の憩いの親水エリアとして、賑やかなイメージしかない長崎港。しかし、江戸時代の同港は、湾内や湾口のあちこちに台場が設けられ、日露戦戦争前の1898年には近代的な要塞も作られていた。さらに、それらの軍事施設情報を流出させないため、要塞地帯は測量や写真撮影、スケッチさえも禁じられ、等高線が入った正確な地形図は一般に販売されていなかったという。
長崎港だけではない。長崎大学生が馴染み深い文教キャンパス付近にも負の遺産が潜んでいる。知らなければ素通りしてしまうが、地形や片隅にある石碑などひっそりと名残がある。最後に「身近にある負の遺産を見学して調査内容をまとめる」という課題が出された。同講義では、毎回講義内容を自身に落とし込むための課題があり、演習的要素も盛り込まれている。
授業後に受講生に感想を聞いた。
「今まで知りえなかった新しい知識を知って、町を歩く際の見方が変化しました。より長崎が好きになったと感じます」
「見慣れている景色が講義に登場したことで自分が歴史を持った場所に住んでいるという実感がわきました」
「長崎には修学旅行でお馴染みの観光地以外にも多くの遺跡があることを日々感じます。ぜひ、自分の足で赴いてフィールドワークをしたい」
学生の興味関心を高め、自然と探究心を生み出す理由は、研究対象が”彼らが暮らす街・長崎だから”ということが大きい。
プロの視点で掘り下げる“研究の感覚”を味わう
書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』の著者の一人であり、講義「今と昔の長崎に遊ぶ」にも登壇する教育学部の吉良史明先生と、水産学部の山口敦子先生に話を聞いた。
吉良先生「長崎は歴史的に文化が入り混じった複雑で重層化された街です。この講義では学問の領域にとらわれない広域的視点で長崎を見ることができ、街の成り立ちを多角的に捉えることができます。また、長崎の街自体の魅力も大きいですが、同講義の醍醐味は“長崎に魅せられた研究者と一緒に、プロフェッショナルの視点で、長崎を掘り下げることができること”にあります」。
山口先生「教員が行っている研究の全貌、例えば何に魅力を感じているのか、何に疑問を抱いているのか、どんな調査方法で掘り下げているのか……など、研究の深みが見えることで、学生の好奇心のスイッチを入れているようです。研究を疑似体験している感覚でしょうね」。
吉良先生「また、複数の教員が担当するオムニバス方式だからこそ“研究者の姿勢”が見えやすく、学生にとって刺激になっているようです。長崎とのどう向き合っているのか、アプローチ方法、研究結果からの展開は、教員15人それぞれに異なります。各教員の研究へのリアルな姿勢を見て、学生は「自分で考える」「自分で調べる」ことを始めているんです。大学以降の学びは、高校以前の教育で求められる唯一解ではなく、物事を多面的に捉える柔軟さが必要。未知のものでも直視して探究する力が求められます。分からないことにぶつかった時、誰かに尋ねるのではなく、自分で行動することで、世界はグッと広がるでしょう」。
山口先生「実際、講義後に学生からの質問を聞いていると、教員が伝えた内容のさらに深い部分に視線が向けられていることが分かり、頼もしく感じています。学生は琴線の振れ方が違います。講義内容に触れることにより、研究の視点から長崎を見ている学生も多いと思います」。
物事の面白さを感じ取り、即座に実践に移せるのは、大学生ならではの瑞々しい感性と行動力があってこそ。17人の研究者を魅了した長崎という土地は、学生の能力を引き出すためのとっておきのテーマでもあるようだ。同講義は来年度も実施予定。また、書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』は長崎大学生協で販売しているほか、Amazonからも注文できる。長崎研究の深〜い沼にハマってみては。
長崎大学広報誌『Choho』Vol.77でも書籍『今と昔の長崎に遊ぶ』について紹介しています。コチラ(Click)から。
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