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情報科学、データ科学で社会課題に挑む

 長崎大学は実践主義を重んじており、各学部に学生を社会を経験させる教育を取り入れていることが特徴の一つです。2020年に創設されたばかりの情報データ科学部では、1・2年生の必修科目に実社会課題解決プロジェクト(Project Based Learning、以下PBLと表記)があります。自治体や地元企業と連携して、社会課題を発見、解決することを目指す科目です。ここでは担当教員のおひとり、瀬戸崎 典夫先生に話を聞きました。

PBLの魅力と特徴

図1. 実社会課題解決プロジェクト(PBL)の概要

Q1: PBLとはどんな授業ですか? また、どんなメリットがありますか?
 
学生たちが日々習得を目指しているデータ科学、情報科学の専門性が、社会でどう活きるのかを体験できる授業です。例えば、授業で習ったばかりのプログラミングの基礎が、地元企業と取り組むソフト開発に応用できる。或いは、データ分析の基礎がフィールドワークでの情報取集に活用できる。そんな成功例ができたら、授業で学ぶ専門分野の重要性を理解すると共に、さらなる好奇心も湧いてきます。

 また、自治体や地元企業の方々との交流は、業界の最先端に触れられることでもあります。「新テクノロジーの性能を見る」「新商品について若者の意見を知りたい」などの目的で、様々な情報を提供してくださいます。学生は社会活動の臨場感を味わえるはずです。一方企業側は、固定概念がない学生の柔軟なアイディアに期待しておられます。学生のうちから、実際の社会課題に取り組むことができる贅沢な機会です。自身の成長の場と捉えて、積極的に関わってほしいですね。

Q2:1年次と2年次、それぞれの内容と到達目標を教えてください。

図2. フェーズ毎の習得内容について

 PBLの対象となる2年間は3つのフェーズに分かれています。

 フェーズ1(1年次前期)は、初年次セミナーと並行しており、大学で学びを深めるための基礎的な演習を含みます。具体的には、グループワークを通して、コミュニケーション能力、表現能力、批判的思考などの習得を目指します。また、フェーズ2への導入として、長崎県の課題を見つけて解決策を考える演習を盛り込んでいます。

 フェーズ2(1年次後期)から、自治体や地元企業を交えて実際の社会課題を元に演習します。企業が抱える課題を紹介してもらい、グループ毎に解決法を提案します。社会に潜む課題に目を向ける力、また自分達が課題解決に取り組む役割を担っているという意識を持って、課題に対峙する姿勢を身につけます。

 フェーズ3(2年次)は、グループに分かれ、1年かけて一つのプロジェクト(課題の解決)に取り組みます。企業側には「抽象的なテーマを提示してほしい」とお願いしています。つまり、学生は漠然とした社会現象の中から自分たちで課題を見出すことからスタートすることになります。課題が明確になったら、その後、どう進行するかの計画をたてて、調査を行い、必要に応じてソフト開発などを行います。1年の最後には成果をまとめて、同級生や協力企業の前で発表します。

 フェーズ1からフェーズ3まで、学生の専門知識の習得度に合わせて設定しており、自分自身で成長を感じられるような内容で構成しています。

様々な業界の課題に挑むフェーズ3

図3. 2021年度の2年生が取り組んだ課題の一部。

Q3:フェーズ3になると、ぐっと難易度が高いですね。
 フェーズ1,2で培った基礎的な能力を発揮すると共に、2年生から専門コース(インフォメーションサイエンスコースとデータサイエンスコース。詳細はコチラから)に分かれるので、それぞれの強みを生かしたプロジェクトへの関わり方を求めています。また「課題発見」からスタートすることも難易度が高まる点です。課題は、普段当たり前に眺めている社会に潜んでいます。見つけ出すためにはアンテナが必要です。問題意識を持ち、対象を掘り下げて、課題の根本を見極める力、思考力も求められます。しかし、何のヒントもなく課題発見することは難しいので、まず企業にざっくりとした視点を投げてもらいます。
 例えば、ある企業から「過疎化が進む離島での新たな可能性について何か考えたい」というテーマが与えられました。それを受けて2つの学生グループが調査を開始。一方のグループは「離島で交流人口の増やす方法」について、もう一方のグループは「離島の医療体制」について着目しました。同じテーマであっても、見方によって課題はいく通りも見つけることができます。

Q4: 発表項目を見ると課題が様々な業界に及んでいるのに驚かされます。

 情報データ科学部の学びは業界を問わずあらゆる地域課題を解決できます。

例えば、「五島に無人経営カフェの設置の提案(図3, 青)」を見てみましょう。過疎化地域に人を呼ぶのは難しい時代。少ない人数でも楽しく過ごすためにどうテクノロジーを生かしたらいいのかを考えています。

「ミライon図書館HPアクセス数の向上(図3, 黄)」では、県立図書館のWebデザインにトライしています。ただプログラムを組むだけではなく、ページ作りによってどんな印象を与えたいのか、ものづくりの視点にも考察を広げています。

「eスポーツで地域活性(図3, ピンク)」では、若者を対象としているイメージが強いeスポーツを福祉業界で活かそうとする発想です。Society 5.0が進む中で、あらゆるシーンでテクノロジーが必須となっており、地域でのでテクノロジー普及促進が急務であるという社会問題も含んでいます。

 いずれの課題も、学生に多くにとっては初めて接する業界、業種の内容です。しかし、情報科学、データ科学の知識や技術があれば解決可能です。だからこそ、学生には業界を問わず様々なシーンで課題を見つけ出せる目を養って、解決に挑んでほしいと思っています。

課題解決への道のりには成長へのヒントがいっぱい

↑長崎の離島、五島列島の福江島でフィールドワークする学生たち

Q5: 解決法を導き出すためには、専門分野の習得も併せて必要ですね。
 授業で習ったことをドンドン実践していくように指導しています。また、1〜2年生までの習得内容で解決させるのは難しいので、教員を頼るようにアドバイスしています。「そのプログラムを組むのならK先生が専門だからお尋ねしたら」「分析方法を考えたいならN先生に相談してごらん」といった具合です。情報データ科学部教員の間では、PBLは単独科目ではなく、他の専門科目と社会とを結びつける役割を担っている科目ということが共通認識です。習った専門知識を活かすのはもちろん、アイディアを実現できるサポート環境があります。教員を上手に使って、自分の成長につなげてほしい。その行動が次のひらめきに繋がり、別のアンテナが立つキッカケになるでしょう。

Q6:どのくらいのグループが課題解決に到達したのですか?
 解決まであと少しというグループもいるし、当初の課題から方向転換して調査途中のグループ、紆余曲折して期待した解決に至らなかったグループもあります。PBLは正解がない科目です。実は課題解決には、そこまでこだわっていません。だからこそ「振り返り」には重きを置いています。

 振り返りの時間で学生に指導しているのは「成功体験はもちろん、上手くいかなかったことも言語化すること」。つまづきの原因、グループワークが進まなかった原因、途中で芽生えた迷い、1年間のプロジェクトの中で起こったいろんな現象を書き残してほしい。その中に必ず成長へのヒントがあります。トラブルからどう好転させたのか。或いはどうすればもっと良い成果が得られたのか。しっかりと振り返ります。失敗は言語化することで成功につながるでしょう。

3年次からはリーダーシップや主体性を伸ばす

↑グループワークの様子

Q7:3年生からPBLは選択科目になります。学びはどう発展しますか?
 3年生になっても課題への取り組み方は基本的に2年生までと同じです。ただ、役割が変わります。3年生は2年生のグループに混じって、後輩のサポート役を担うことになります。リーダーシップが身につき、企業や教員と2年生の橋渡し役もこなしてくれるだろうと期待しています。さらに成長する機会になるでしょう。

Q8: PBLの経験は4年次で携わる卒業研究にも役立ちそうだと感じます。
 役立つはずです。プロジェクト1つひとつを見ると、未熟さはありますがそれぞれが研究活動とも似た要素を持っています。情報収集能力、ロジックの組み立て、表現力はもちろん、課題に向けて自主的に取り組む姿勢も養われます。
 卒業研究は4年間の集大成。自分で掲げた研究テーマ、答えなき問題を追求していくことになります。その工程で、一番求められる能力は「主体性」でしょう。何に焦点を当てるのか、どんな方法で調査をするのか、何をもって結論と見なすのか、全て自分で判断し、自分で行動して、研究を進めていかなければいけません。その力は社会が必要としているスキルでもあります。
 PBLでは卒業研究で必要となる主体性を、1・2年次から養っています。

企業との関わりから見える”社会が求める人間像”

図4. 実社会課題解決プロジェクトを支える組織図

Q9: 一緒にプロジェクトに携わる企業は学生をどう評価していますか?
 ありがたいことに「学生はすごく頑張っている」と評価してくださっています。地元企業には学生のプロジェクトをあたたかく見守ってくだっていることに心から感謝しております。大学生が社会人と接する機会は多くないので、PBLを通して接点でき、多くの業界を見学できることは意義深いことだと思います。
 また、就職の機会としても期待しています。各協力企業にも「学生を即戦力がある人材に育てて、リクルートしてください」と話しているんです。少子化が進む時代、「いかに優秀な子を獲得できるか」は、企業にとって大きな課題なんです。学生側も企業の要求に応えることで、社会が求める人間像を掴み取ることができるでしょう。実際に協力企業でアルバイトをしたり、インターンに行ったりしている学生もいます。

Q10:協力会社以外に就職活動をする際にも役に立ちそうですね。
 間違いなく役に立つでしょう。一般的に、大学生は就職活動の段階にきて急に戸惑う傾向があります。テストや成績などで測られる能力と、就職活動で求められる能力にギャップがあるからと見ています。そのギャップは「学生が社会で求められる人間像を理解していないこと」が原因です。PBLでは、専門性を身につけながら、同時に社会で自分を活かす力を育成します。そして、自分に向き合い、得意分野、強みを認識できる機会がたくさんあります。この経験から、社会とのギャップも少なくなるでしょうし、効果的な自己表現ができるようになるでしょう。就職した後の自信にもつながるはずです。

 また、表3からも分かるように、情報データ科学部の学びを用いて活躍できるステージは業界を選びません。それゆえに、自分の才能を活かす場所を自分で切り拓いていく力も大事なのかと考えられます。学生には自分の可能性を自分で広げていくことができる突破力のある人材に成長してほしいと願っています。

実社会課題解決プロジェクト(PBL)の魅力がよくわかりました。瀬戸崎先生、ありがとうございました。

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