インド神話と、『天空の城ラピュタ』。
さて、前回に引き続いて、『天空の城ラピュタ』です。
「空から女の子が降ってきた!」から始まり、数々の名言を残した、言わずもがなの超名作ですね。
キャッチコピーも「ある日、少女が空から降ってきた...」です。
もちろん、少女「シータ」は、飛空挺から落下して降りてきました。
でも、ラピュタのテーマである「空の上にいる人々」と言うイメージは、かなり古くからあります。
1. 空の上にいる人々
「空の上にいる人々」と言えば、神や天使というイメージですね。
日本では天女や、かぐや姫もその一種でしょう。
また、ユダヤ教を原点とするキリスト教やイスラム教で神は「ひとり」でも、天使は多い。
インド、エジプト、メキシコなどのピラミッド建造群においても、天使のような存在はよく描かれます。
それに、実在する最も古い神話である、『ギルガメッシュ叙事詩』にすら天に神がいます。
で、こういう神の思想は、紀元前6500〜5000年を境目に、全世界的に記録されている思想なんですね。
なので、その頃に宇宙船のようなものや、空を飛ぶ天使のような存在がいた可能性も考えられます。
その上、古代の超科学や、オーパーツ、いわゆる宇宙人なんかのオカルト説もあります。
しかし、実際にいたかどうかは今のところ痕跡が無いため証明できません。
もちろん、この点については様々な科学的な考察があります。
例えば、E.フラー・トリー『神は、脳がつくった』などは、割と網羅していて面白いです。
ただ、神や天使を見るパターンというものは、限られています。
基本的には、錯覚や幻覚、そしてエクスタシーや法悦などの神秘体験です。
世界各国の宗教はこのような神秘体験によって、培われてきました。
そのため、宗教には、錯覚や幻覚、またエクスタシーを引き起こすシステムが目白押しです。
2. 神秘体験と宗教
「神秘体験」を引き起こすのは、祈りや薬物、音楽や、一体感などです。
他にも、教会で作られていた幻覚剤を(当時は)含んでいたお酒、アブサン。
また、いわゆる麻薬も、当時は法律がなかったので使われたと考えられます。
また、瞑想や、歌やお経を集団で唱えたりしても、快感が生まれます。
瞑想などによる「快感」は、例えば脳の機能を制限することによって、快楽物質などが脳内に放出される状態です。
これは、ジョン・C・リリーの「アイソレーション・タンク」など、五感をシャットダウンすることで、脳が暴走し、ドラッグのような快感や幻視体験を得られることと似ています。
この時、脳はおそらく情報のカオスに投げ込まれた(もしくは身体的危機的状況)と同様の状態なのかも知れません。
そのため、脳内の情報の「繋げかた」を必死に行っている状態であると言えるでしょう。
死の前や臨死体験などで見ると言われる「走馬灯」やその快楽も、脳の暴走によるものだと考えられます。
こうして、想像の産物(天使など)が目の前に現れたりすることもしばしばあるようです。
このような理由もあって、「神は脳によって作られた」とか言われるわけですね。
こうやって、脳を故意に暴走させることで、洗脳させることもできます。
脳の暴走を逆に利用しているキリスト教の教会の構造も、すごいです。
例えば、音楽の反響を最大限に考慮してます。
これは、聖歌やオルガンなどを演奏する、コンサートホールにするためですね。
ロシアでは、現代でも反響を計測できない洞窟の教会すら存在します。
また、ステンドグラスの配置や、物語を含んだ絵画の羅列も、かなり計算されてます。
西欧の有名な教会には、それぞれ特色があって、とても面白いです。
かくして、こうやって信者を陶酔させて、信仰を広めていった形跡が、色んなところに見ることができます。
3. パズーと鉱山
ということで、ラピュタでは実際に少女が空からやってきて、それを少年が受け止めるわけです。
この少年「パズー」が彼女を受け止めたのは、立坑櫓(たてこうやぐら)です。
立坑櫓とは、鉱山にある機構の一つで、蒸気機関の発達とともに登場しました。
要は、鉱石なんかを持ち上げるエレベーターみたいなものです。
映画でも見られるように、一般的なエレベーターよりかなり早く馬力も強い。
そして、このヤグラは複雑な機構なので、その外観からファンも多いんですね。
(例えば、アニメの『エヴァンゲリオン』なんかは、鉱山の色んな設備を取り入れたと思われる描写があります。)
ちなみに、ラピュタの炭鉱は「斜鉱(しゃこう)」と呼ばれるタイプです。
このように斜鉱であるということは、鉱石が多く取れる場所ではない、と言う意味です。
(鉱石が多く取れた場合は、露天掘りと言って、地表を削っていきます。)
鉱石がないから地中深く掘り進んでいて、実際に「クズ石ばかりだ」と言われるわけです。
また、映画で描かれるように、パズーの住んでる場所あたりも坑道だらけなんですね。
ちなみに、ラピュタの時代背景として、ラピュタの写真に「1867.7」と言う表記が出てきます。
そのため、産業革命時代のイギリスを描いた感じですね。
パズーはその写真を撮った「父さん」の子供ですので、およそ19世紀末期あたりでしょう。
ちょうど蒸気機関から電気機関への過渡期ですね。
そのせいか、オープニングから本編にかけて、蒸気機関が大量に出てくるのでしょう。
しかしながら、鉱山はかなりの重労働です。
鉱石を乗せたトロッコは重いし、地中ガスが発生したら爆発するし、地下水を掘り当てたら溺れ死ぬ。
石の粉で肺はやられるし、手足もズタボロになるし、とにかく危険だらけです。
鉱山の挨拶といえば「どうぞご無事で!」(ドイツ)だったぐらい。
また、過去のイギリスなどにおいては、(坑道が狭くて済むから)子供がメインで重労働させられていた、と言う歴史もあるぐらいです。
そのためか、ラピュタの鉱山の男たちも、基本的にマッチョなんでしょう。
4. ラピュタのモチーフ
そして、映画に出てくる「ラピュタ」の本体は色んなものが合体してます。
その中で、空飛ぶ城「ラピュタ」の様子に似ている存在が、インド神話にあります。
「(プシュパカ)ヴィマナ」という乗り物です。
これは古代インドの長編叙事詩『ラーマーヤナ』に出てきます。
また、神話的叙事詩『マハーバーラタ』にもそれっぽいものが書かれています。
今でも「ヴィマナ」と言えば、インドで戦闘機の事を言うそうです。
神話のヴィマナは結構いろんな形があり、用途によって種類も違って、主に戦争に使われたそうです。
しかも、実際にラピュタぐらいの飛行機もあったり、上下左右を自在に滑空したりします。
また、ヴィマナの中には、サブハーと呼ばれる空中宮殿とか。
また、ヒランヤブラ(黄金の都市)という超巨大宇宙ステーションみたいなものもあったりします。
これに至っては、家並みが存在したり、樹木と海水にあふれていて、回転してたそうです。
ここまでくると「ラピュタ」というより、ガンダムのコロニーじゃないかと思えるぐらいです。
こんな風にインド神話は、素晴らしい創造の宝庫なんですね。
日本であまり紹介されていないのが、とても勿体無く思います。
また、ラピュタの劇中にあるセリフでも『インドラの矢』という言葉が出てきます。
ムスカが使う核爆弾っぽいビームですね。
インドラとはインドの雷神で、日本では帝釈天とも呼ばれます。
そして色んな武器を持ってて、有名なところでは「ヴァジュラ(金剛杵:こんごうしょ)」です。
密教でも使われる悟りを開くためのアイテムとして使われますね。
そのうち、アストラと呼ばれるものが、とても強烈です。
どうやらミサイルのような投げ槍のような武器らしいんですが、破壊力がとにかくすごい。
今でもミサイルにアストラという名前がつけられたりします。
また、ブラフマスートラ(宇宙原理ミサイル)という名前の、これまた合体型の超強力破壊兵器があったりして、なぜか弓で発射します。
当たれば絶対に死ぬ、というような強烈な武器です。
このような様々な武器があり、ラピュタの破壊光線はまさに「インドラの矢」と言われるのでしょう。
そんなぶっ飛び設定のアイテムを備えた天空都市ラピュタ、見た目もなかなか壮観ですね。
このラピュタの名前は、映画でも言われますが『ガリバー旅行記』の空飛ぶ島からです。
余談ですが、laputaをスペイン語風にla putaと書くと、売春婦の意味になります。
意味深ですね。
でも、ガリバー旅行記で描かれるラピュタは、頭でっかちな科学者たちの島です。
しかもかなり極端な学者たちで、「基本的に考えること以外してなくて、理論以外はどうでもいい」っていう人たちなんですね。
そのため、まともな統治もできず、ただ地上の民から搾取している島です。
まるで現実にいそうな、どこかの政治家たちみたいですね。
また、ガリバー旅行記のラピュタは、底が平べったく描かれたりします。
上記のヴィマナでも、底が平べったく描かれがものがあります。
このパターンのラピュタは、一番最初のオープニングで一瞬登場します。
一方、ラピュタの本編では、底が丸いので、ルネ・マグリットの絵画『ピレネーの城』に似せたのかもしれません。
また外観は、ブリューゲルの絵画『バベルの塔』と似てますね。
また、友ヶ島の旧日本軍施設もモチーフになってるようです。
こういうところジブリのデザインセンスが光りますね。
そして、ヒロインであるシータも先述したインド神話『ラーマーヤナ』のヒロイン、シータからきてます。
『ラーマーヤナ』は、ラーマ王子が、誘拐された妻シーターを奪還すべく大軍を率いて、ラークシャサの王ラーヴァナに挑む物語で、インドではよく知られる超名作です。
物語を読むと、なんとなく「ラピュタ」に使われているだろうストーリーを実感できます。
でも、ラピュタが全てインド神話から来ているわけではありません。
ムスカが「旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火だよ」と言うように、他の神話もチラホラ入ってます。
例えば、ムスカ達が乗っている戦艦ゴリアテは、旧約聖書に出てくる巨人、ゴリアテです。
ゴリアテはダビデが投げた石が脳天に命中して気絶、そのまま倒されるってやつですね。(旧約聖書「サムエル記」)
そして、ラピュタに付いている巨大な樹は、北欧神話の世界の中心の樹、ユグドラシルです。
ユグドラシルについては、数多くのゲームや物語で「世界樹」として出てくる有名なやつですね。
また、シータが物語中で度々唱える呪文「リーテ・ラトバリタ・ウルス アリアロス・バル・ネトリール」って言う呪文も、北欧のケルト語に何となく似てます。
でも、ラピュタにある石版の文字とかは、楔形文字やヘブライ語に似せているようです。
あと、海賊のドーラの息子、シャルル、アンリ、ルイ、はフランス国王の名前から取ってますね。
そして、最後の「絶対に言ってはいけない」言葉とされる「バルス(バルシュ)」はトルコ語だと、平和の意味だそうです。
という風に、色んな歴史の題材がふんだんに取り込まれているわけです。
でも、作品のメッセージは至ってシンプルだと私は、思ってます。
それは、シータがムスカに放っこの言葉に詰まっている感じがします。
「ラピュタがなぜ滅びたのか、私よくわかる。ゴンドアの谷の詩にあるもの。土に根を下ろし 風と共に生きよう 種と共に冬を越え 鳥と共に春を歌おう どんなに恐ろしい武器を持っても、たくさんのかわいそうなロボットを操っても、土から離れては生きられないのよ。」
やはり、人は欲のために人間としての「あり方」を超えようとすれば、結果的に破滅の道へと向かってしまう、そんなイメージを窺い知ることができます。
(おわり)