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「クリエティブの根源ってなんですか?」

「クリエティブの根源ってなんですか?」
昨日、コジマプロ(あえてのプロ)の今泉さんとシカゴピザ食べながら聞かれた一言。
なかなかそういうことをストレートに僕に聞いてくる人っていないので、単純に嬉しかった。
その後、話が途中になっちゃったので思い出して書いておこう。

ジャポニカ学習帳「自由帳」

小学1年から3年にならないまでに、300冊は絵を描いてた。
絵といっても白紙のページに喋りながら・・・
「ここにミサイルがあって相手の軍がほろんで〜」
「ビルがここにたって〜」
「お風呂に滑り台があってその先はジャングル〜」
とか絵巻物てきに次から次に移っていくようなそんな書き方でした。
時には数ページにわたることもあったし、友達と一緒に書くこともあったと思います。
とにかく描いてる時は、楽しかった。
いまでもホワイトボードだけが部屋に縦にかけてあって朝起きた時とか夜中とかにまとめて描いて掃除する時とか海外に出る時に全部消す。1枚に整理してかくとすっきりするだけなんだけど。
「俯瞰して全部をみること」+「その先を書く」ことが重要なのではないかと思っています。

漫画と本と一人暮らし

子供の時から30歳ぐらいまで12万6000冊を集めた。
その中でも さいとうたかおの「サバイバル」 浦沢直樹の「masterキートン」の18巻は特別です。
高校1年の終わりに家を出るまで、本が僕を育ててくれたと思ってた。
家では鬱屈しててテロでも起こしてやろうかと思ってたぐらい家族関係を嫌ってた。
本から得る情報のほうが上だと思ってた時期だった、そのあと一人暮らしになって実生活と情報が照らし合わさる瞬間が重要なんだと気が付いた、ついでにお金。 生活するのにお金がいるから働く、働いて映画をみるツタヤでビデオ借りる漫画買う、親からの金じゃなくて自分の少ないお金だから選ぶ手当たりしだいじゃダメなんだなと思った。「必要なことは金を稼いで払え」だと思う。

母親の一言

高校1年の終わりぐらいに母親が失踪する。
前日高校の友達が僕の家に遊びにきてて母親得意の料理「鶏飯茶漬け」に感動して僕の分まであげた。
いま思えば食べておけばよかったな〜と少し後悔してる。
実家が風呂屋なので風呂に入りいくと番台に座ってる母親が
「アキは、飽き性やからなんか一つだけやり通してな。」
って言った。僕は何を答えたかわからないけど今でも心に刺さったのが昨日のことのように覚えてる。
当時、役者をやってこんなんじゃ食っていくまでが大変だから演出家をやろうと自分の芝居を準備していた。
そして次の日、母親は家を誰にもいわず出ていった。
ついで、姉も数ヶ月で家を同じように出ていくことになる。
いまでも、その「演出家」でいることをどんな時でも忘れたことはない。
目の前にあることを演出している限り商売であろう芸術であろうなにも僕には変わらない。
隔てるものはなにもない。 

演出して飯を食ってると思っている。

今は便宜上監督と呼ばれることも多いが、27歳まで監督で一度もクレジットしたことはない。
演出 谷内田彰久
でしかクレジットしてない。

たぶんこの3つが僕の大きく占める「クリエティブの根源」なのかもしれません。細くかけばもっとあるかもしれないですが、そんなものだと思います。

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谷内田 彰久
40才になったので毎日書く修行です。