クレソンの「緑」を力に
かつて敏腕プロデューサーとして名を馳せた方が、名古屋にいる。
沢木耕太郎の『深夜特急』を、デビューまもない大沢たかおでドラマ化し、数々の賞に輝いたMさん。夫婦ともども、お世話になった方だ。
テレビ局を退職し、クレソン農家へと「もの作り」の場を移して数年になる。
「僕は番組を作るのと同じように、クレソンを作ってるんですよ」
今夜は、そんなMさんのお気に入りの店(名古屋の覚王山にある「5 e's(ファイブイーズ)」で、彼のクレソンを使ったフルコースを頂いた。
鯛の炙りのカルパッチョ。
きんきの煮付け、クレソンペースト添え。
圧巻は、こちらの鍋!
クレソンベースの和風スープで頂く、牛タンしゃぶしゃぶ。シェフの新作で、客に出すのは今夜が初めてだという。これは本当に絶品だった。新鮮なクレソンの香りが凝縮されて、まろやかなスープになり、そしてそれは上質な牛タンと相俟って独特のさっぱりした旨味を醸し出していた。
「上手いねぇ。このグリーンがいい。グリーン鍋って名前にしたらどう?」
生産者のMさんは、誇らしげだった。
「みどり鍋のほうがいいかなぁ」
ネーミングにこだわるところは、番組のタイトルに悩むかつての彼とまったく同じだ。
〆は、なんと生パスタ。
ジェノベーゼのクレソンバージョンでスープスパゲティ、といった感じだろうか。絶妙な味わいで、ほんとうに美味しかった。
「クレソンは命の源になる。栄養価も高いしね。ステーキの添え物じゃないんですよ」
彼の言葉を実証する、素晴らしいクレソン料理だった。
Mさんが作っているのは、天然クレソン。
水耕栽培ではなく、自然の清水や地下水で育てている。
朝7時には名古屋のご自宅を出て、二時間半かけて三重の農場へ。今日も日が暮れるまでクレソンと格闘してきたというMさんの顔は、日に焼けて、老いてもなお精悍だった。
冬の凍てつく清流に一日中浸かり、悴んだ指の爪にはうっすらと土が残っていた。
彼の「もの作り」への真摯な姿勢は一貫しているなと、その爪を見ながらわたしは思う。昔とちっとも変わらない。相変わらず素敵な、カッコいいMさんである。
彼にとってはすべて『作品』なのだ。
ドラマも情報番組も、クレソンも。
そして、彼の手がけた『作品』を堪能したわたしたち夫婦は、いつになく饒舌になり、Mさんとの久しぶりの夜を楽しんだ。
「自分が作ったものを、人がどう感じるか」
それを知るのが作り手の醍醐味だと、Mさんは言う。
今夜はきっと、満足なさったに違いない。
様々なクレソン料理を食して得たわたしたちの、言外の感動も伝わったはずだから。
クレソンの鮮やかな『緑』、その瑞々しさ。
Mさんが丹精込めて作り上げたそれらは、確実に明日への力となっている。
わたしたちの、命の源になって。
追伸。Mさんのクレソン、お取り寄せできます!『清流クレソン』です。
https://www.facebook.com/gifucresson/