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かねてから観たいと願っていた、東京の桜がある。
そもそも桜がもっとも見頃を迎えるその日に、目当ての桜を観に行くのは、かなり難しい。しかも雨や曇りの日ではなく。
わたしの仕事は土日祝日など関係なく進むから、平日に時間を作ることはできるけれど、それでもハードルは高かった。山手線で池袋より先の駒込は、馴染みのない土地だからというのもある。
『六義園のしだれ桜』はわたしにとって、そんな「観たいのになかなか観に行けない」幻の桜だった。
今年こそは、観に行こう。
かなりの決意をもって、出掛けることにした。
晴れやかな日曜日、桜はちょうど満開である。
今日を逃したら後悔しそうだ。
先に出掛けていた夫と、駒込駅で待ち合わせた。
午後3時半過ぎ。改札を出ると、大勢の人が列をなして六義園までの真っ直ぐな道を歩いていた。
「え、この人たちみんな桜を観に行くの?」あまりの人だかりに驚いていると「みんな考えることは同じだよ」と夫が苦笑した。そうか。みんな今日こそは、今日しかないと考えたのか。
その桜は、正門から少し歩いた先にあった。
見事だった。
来てよかったと心底思った。
ガヤガヤ群がる人々の隙間を縫うように見上げながらも、しばし見とれてしまう。
たわわに咲き誇る桜は、その花弁のひとつひとつまで美しい。
途中、これまた見事な大道芸を楽しみつつ。
夜桜の時を待つことに。
とはいえ、とっぷり日が暮れるまでにはまだ時間がある。
いったん駒込駅の方まで戻り、昭和な喫茶店で腹ごしらえ。
そして再び、六義園へ。
再入場はできず、再び300円の入場料を支払ったが仕方ない。夜桜を観ずには帰れない。
夕方よりさらに人がひしめきあうなか、門を潜るとそこにはまったく別の顔をした「しだれ桜」がいた。
ただただ、圧倒されるばかり。
あらためて今日、この時を共有できた悦びに浸る。もしかすると数年の間、頭の隅にありながら来られなかったのは、今日の桜を待っていたからかもしれない。
どこにも隙のない完全なる美しさが、目の前に聳えていた。
艶やかに、清らかに、妖しく。