見出し画像

世間に転がる意味不明:最低賃金アップは雇用を生み出すというモノプソニー理論(学術的根拠を話題にしない経済界)

■理論武装を疎かにする人々

私自身はISO9001の審査員をしており、規格要求事項への適合を判断する。その判断は、適合の有無であり実際の活動の程度を評価するわけではない。しかし、元々が工学系であったせいか、どうしても気になることも多い。その最たるものは「分析」である。

集まったデータを平均値を取ったりグラフや表にしたりするのは「データの整理」であり「分析」ではない。分析のためには、仮説検証というアプローチと統計理論の活用がある。

しかし、実際は「整理」したデータから「都合の良いように」類推して「分析」と称している。理論をないがしろにしているので、直観同士の話し合いになり「正否」が分からないまま施策展開される。

最低賃金もそうである。

■論点がずれまくる報道

○最低賃金 どうなる!? 物価高での生活は 企業の実情は
2023年7月12日

(働く側)
「モノが高くなっているのに賃金が全然、追いついていません。お金があれば無理して働くこともないですが、現実はそうではないので老後に備えて働くしかありません。世の中は賃上げ機運があるといいますが自分は全然感じていないので、最低賃金を引き上げ、同時に会社にも給料を上げてほしいとつくづく感じています」

(雇用する側)
「長く働いている人が評価されて賃金が上がっていくのは当然だと思いますが、入り口段階の賃金がどんどん上がっていくのは経営には厳しい面があります。社会全体で賃金の底上げを図る意味では、引き上げ自体に反対はありませんが、企業の利益が上がらないと給与は増えません。中小企業と言っても業界、業種はさまざまで、最低賃金の議論をする際には、労務費を含めた価格転嫁など、中小企業が成長できる土壌を作ることも検討してもらいたいです」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230712/k10014126431000.html

最低賃金法の第一条にはこうある。

第一条 この法律は、賃金の低廉な労働者について、賃金の最低額を保障することにより、労働条件の改善を図り、もつて、労働者の生活の安定、労働力の質的向上及び事業の公正な競争の確保に資するとともに、国民経済の健全な発展に寄与することを目的とする。

したがって、最低賃金の議論の最初は、現在の最低賃金が「労働者の生活の安定、労働力の質的向上」がはかれるかであり、雇用者側の賃金コストの話に転嫁すること自体がおかしい。

最低賃金でしか労働力を確保できない経営者であれば、これ以上そこにとどまって欲しくない。退場して欲しい。

■自己都合による解釈の危険性

○「最低賃金1000円以上」25年度にも…政府方針、消費活性化図る
2022/06/02

 政府は最低賃金の引き上げについて、2025年度にも全国平均で1時間あたり1000円以上を目指す方針を示す。岸田政権が「人への投資」の柱に据える賃上げを加速させ、消費の活性化やコロナ禍からの景気回復を確実なものにする狙いがある。

https://www.yomiuri.co.jp/economy/20220601-OYT1T50316/

こうした議論が俎上に登ると
①賃金コストが上がり、それに耐えられない企業が増え倒産件数が増える
②企業の倒産は雇用機会の減少につながり失業率が上がる
③その結果企業競争力が弱まり日本経済が弱体化する
といった「風が吹けば桶屋が儲かる」という根拠のない話が浮かび上がる。

最低賃金は、2000年以前から上がり続けており、2000年以前には500円程度であったものが2倍近くなっている。年で数パーセントづつ上がっている。

しかし実際のデータを見れば、最近では「人手不足」倒産はあるが、実際には倒産件数は一定程度あり、これらを賃金コストの上昇とみるには無理がある。

失業率は大きな変動はなく、これも最低賃金での雇用機会の喪失につながるデータとはなっていない。

企業や経済界は、「安い賃金で雇用する」ことで自分たちの利益を生み出す今の構造を変えたくないのであろう。

■理論家がいない日本政府

アメリカの政治の記事を見ると、政権には経済学者などのスタッフが名前を連ねることがある。ノーベル賞を受賞する経済学者の研究は実践的であることがうかがえる。

○ノーベル経済学賞に米3氏 「自然実験」で因果関係推定

カード氏の研究は政策論争にも発展した。前述の最低賃金の引き上げは雇用に影響を与えないという結果は、賃金が上がれば労働需要量は減るとする経済学者の通念を打ち破るものであり、多くの批判を招いた。

特に2000年のカリフォルニア大アーバイン校のデービッド・ニューマーク氏と米連邦準備理事会(FRB)のウィリアム・ワッシャー氏のコメント、およびそれへの反論は活用データや推定手法の変更により結果が変わりうることを明らかにした。質の高いデータと適切な推定手法を用いることの重要性を示した。

理論面でも、最低賃金の引き上げが雇用を減らさない理由として、現状の労働市場では、企業が賃金を決める力を持つ状態(モノプソニー)が成立しているとする仮説が注目された。仮説の検証も進んでいる。

2021年10月20日 日本経済新聞「経済教室」に掲載
https://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/kawaguchi/11.html

ひるがえって、日本の政治家あるいは経済界はこうした理論にどのくらい関心があるのだろう。無関心とは思わない。

○モノプソニーとは?日本の深刻な経済状況を理解するためのキーワード
2021/11/25

モノプソニーによる低賃金化に歯止めをかけるための施策としては、
・業界再編をすすめ会社組織を大きく統合する ・企業が生産性を高める ・最低賃金を上げる
などがあげられている。

https://the-owner.jp/archives/7206

しかし、それは一部の関係者にしか共有されていないのではないか?
経済界がいろいろな話をするときに理論を用いた話が前面に出てこない。
もっと前面に出すべきである。

さもなければいつまでたっても「感情論」の政策提言で終わってしまう。
直観に基づいた政策は正当性の評価ができない。
データはいつまでたっても集まらないし、理論的な行動につながらない。

<閑話休題>

(その他の参考記事)

○日本人の「給料安すぎ問題」はこの理論で解ける
この国の将来を決める「新monopsony論」とは
2020/06/11

日本で最低賃金の重要性がわからない人が多いのは、「モノプソニー」を知らず、従来の新古典派経済学の理論に固執してるからだと思います。

https://toyokeizai.net/articles/-/355042

○最低賃金「1000円到達」次の目標は7年後に1370円
日本も世界標準「50%・60%ルール」を導入せよ
デービッド・アトキンソン : 小西美術工藝社社長
2023/07/18
https://toyokeizai.net/articles/-/686257?page=2

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?