水車 第二章 第1話
葉を落とした枝に、霜や雪を纏わりつかせた純白の満開の桜の如き木々の領域を抜けると森人の森だ。中央の一際目立つ巨木・神樹を中心に広がる広大で豊かな緑が森人の領域。
「なんで葉を落とさないんだ?」眼下を観察しても針葉樹より寧ろ広葉樹の方が勢力を誇っている様に見える。
「エルフねがう ユグダあおくする あおくあおくあおく」眼下の木々を順繰りに指差して空先案内の森人が教えてくれた。
「コウカぽいと アソコ」「状況!艦隊順次入港停泊!陣形変位単縦陣!降下手順に入れ」艦隊司令=中尉の命令を新任の副官、地獄の教練を生き延びた准尉が怒鳴る様に叫ぶ。まあ、教練で死んだのは居ないんだけどね。
「うぉっと!」降下して近付いて、漸く大木に密着するように係留してあった移譲気球の存在に気付けた。
「隠蔽魔法すげーな、目の前じゃなきゃ解らんぞ」ちなみに譲り渡したのはまだ一機で、ロールアウトし次第順次空輸することになっている。
「魔法には空間魔法しか無い」シャオの持論だ。火魔法、水魔法等まるで違う形態に見えるがシャオに言わせれば単にソウが変わっただけなのだと。
義塾で教わった魔法学とは真っ向からぶつかるぞ、よく主席とれたな。
実技とその他の学科?
魔法学はギリギリ及第点?なるほど。
ところで、ソウってなんだ?
魔法使いを指す六つの名詞、魔術師、魔導師、魔道師それの[師]が[士]に替わった物、全て意味が違う。まあ一般人から見ればどれも似たような物で区別の要はないがね。
そも魔法使いと言うのも、魔道具を使って、例えば火を起こしたとすれば、名乗る資格のあるぼんやりした物で、この六つの名詞は[業界]の中で明確な区分が必要になって生まれた言葉なんだろうよ。
魔術とは魔法を使うための技術の事で、「師」はそれを伝授する資格を表す。魔導師となると、魔法その物を研究し教え導く事を期待され、魔術が不得手である事も、実は問題にされない。
ここに解離が発生し、恐らくこの時代の誰より魔法を理解しているシャオは魔導師にはなれなかった。
いきなり大勢で押し掛けて恐縮です。そういう意味合いの謝罪を作法に則って長々としたのだが、通訳の女冒険者は二言三言で済ませた。空気読めよ。
長老の返事も長々しい物だった。「謝るなら飛空艇を寄越せ」要約しすぎ、知ってたけど。
さすがに飛空艇は無理で、二連気球噴進機付き二機で手を打って貰った。相変わらず商売上手だにゃ。
隠蔽付与塗装を教えて貰おうと切り出したら、この森に駐留する飛空艦も含めた全機体を塗装して貰える事になった。
「目立つのは迷惑」いやいや通訳様、長老、もっと気を使った言い方してたでしょ。
通訳様小首を傾げて「なまら罵倒にちかい?」決裂の危機を回避してくれてたようだ。
隠蔽の都合もあり、かなり分散させられたが、十分な空間を王国空軍の為用意して貰えた。勿論森人の防空能力が十分に育つ迄の契約だ。
ま、実質恒久的かな?「森人甘く見ない方が良い」
「シャオ?」「致死付与、王国梃子摺てる」
[致死付与]例の投射機のやつか。
「森人解決した」
飛空艇にシャオ謹製の新型噴進機が取り付けてある。場所は翼下で強度的な効率の良い尾部ではない。バランスが悪く成り過ぎるのだ。
尾部に取り付けるタイプのは図面を起こし始めてはいるが、開発はこの実験が成功してからになる。この飛空艇にしてもプロトタイプの実験機とは別物だ。
舷側のやけに高いボートのような、上面が完全に解放されていた胴体の形状は、卵形の断面を持つ紡錘形になった。
側面上部には二本の気室=バルジが貼り着いており、気室も兼ねた全通翼がその上に被さっている。機体内の移動は考慮せずとも良いため胴体の開口は三つの座席の部分だけだ。
座席はそれぞれ独立しており三ヶ所の開口の前部にはガラス製の風避けがある。二個の水車発動機がペラと胴体が干渉しない位置に載せてあり、新型噴進機が、その内側胴体に程近くぶら下げてあった。
試験飛行とて、乗員は曹舵手の曹長一人。まずは、ゆっくりと浮いていく。十分な高度に上がった後、素晴らしい快速で飛び去っていった。
早急な新型機の開発を指示した。
「そいつぁ止めた方がいいな」幹部を集めて長官救出について諮った処、工廠長に異論があった。まず、それをやれば王国を完全に敵に回してしまう事。そして…
「これは機密なんだが」次に長官が王族である事。
はい?室内がざわめく、皆初耳のようだ。知ってた人手挙げて。工廠長と参謀長か。
なんで機密なん?訊いちゃ駄目なのかな?
「良くは知らねぇが」王家から内偵を命じられてるらしい。なんの?「知らねぇと言ったろ?」
なんかいきなり暇んなったな。
またせたなちょーかん大作戦に時間取られる算段だったし。
ま、いいか。