水車 第三章 第5話
神樹は人間ではない。定義にも依るが森人の言うように、一柱の神の現し身とかでもない。勿論、精神生命体とか知性体とかでもなく、ただの結接点だ。
情報を取り込み固定化して蓄積する仕組み=アカシックレコードを保護し情報を選別する。その過程で情報を得るための経路やその経路の保護を行う機能もまたレコードの一部で、結接点である神樹を経由して作動しているのだ。
そこではシャオのような重要な情報源として紐付けられた個体が干渉する余地が発生する。シャオが今試みているように。だがしかし、神樹は人ではない、神でも、知性体ですらない。
神樹=レコードは、膨大な情報損失が発生する可能性に様々な干渉を行った。複数ある結接点で発生する湯石=神樹の種、の脆弱性の解消。既に頒布されてしまった湯石=水車、の内部術式の書き換え。しかし、これはたまたま情報集積コードと接触する事が出来たものに限られ、神樹=レコードは、特に既に不都合の発生している湯石=水車の発見、処理のため有用と思われる個体を具現化させた。
神樹は人ではなく、神その他の知性体でもない。ただ情報収集を支援するだけのシステムだ。そこには、人間や自然への配慮は存在しない。情報の再生産が可能なだけの量が存在していれば十分なのだから。
シャオは自分の干渉が何をもたらしたかに気付いた。
「飛竜?」
「退避!撤退だ!!全速で逃げろー!」余程危急の時でも、何処かのんびりしている司令が遠話函に怒鳴った。鷲型のクルーはベテラン揃いだ。それだけでなにか不味いことが起こったのだと察した。
飛竜が地に這いつくばっている今、なぜ止めを差そうとしないのか、誰も訊かずに、すぐさま離脱全速退避に入る。
俺達の逆落としが良い感じに飛竜の後頭部に決まって、それから五機の鷲型が主導権を取った形になった。落とせるかな~なんて欲も出てくるけど、ダメージらしいダメージと言えば、頭部に爆裂弾ぶち当てた時の脳震盪位の物で、「無理すんなよー」じりじりと隣国首都に向けて押し込まれながらも、遅滞作戦は概ね順調だった。
途中から隣国軍の羽気球と水戦が参加してきた。てか、水戦隠してたやつ出したのか。協定違反だ。でもま、俺達は飛空艦逃がせば終了だけど、こいつらは市民の避難まで担保しないと駄目なのか。視なかった事にしよう。
通話距離ギリギリの位置から大尉から離脱完了の連絡があった。そのまま帰っちゃって良いよー、俺らもうちょっと付き合うから。
(司令、聞いて)ん?シャオ?遠話じゃないな、頭の中に響いてるぞ。
(神樹の検索網に便乗してる。これは念話)神樹使いこなしてるなぁ、おい。でなんだい?今忙しいんだけど。
(神樹が飛竜を呼んだ)神樹が犯人か!今飛竜とやりあってる!
(高性能水車発動機が目的、取り込んで体内で爆発させる)はい?飛竜は無事なの?てか爆発の規模は?
(飛竜は死ぬ。爆発は一割位に抑えられる)やばくね?いまパクって水戦が食われた。飛竜はバランスを崩し墜落した。具体的な爆発の規模は?
(その位置なら敵首都はまるまる範囲内)
「退避!撤退だ!!全速で逃げろー!」
巨大なキノコ雲を尻目に、這う這うの体で逃げ出した俺達は、途中片羽飛空艇を拾って長駆属国首都まで飛び、艦隊と合流した。てか、何処かで追い抜いたらしく、先に着いちゃったけどね。
連絡艇が迎えに来てて、俺だけ先に帰ることにした。でっかいキノコ雲がどうしたと、騒がしい兵達を置いて空の人になった。
久し振りの連絡艇は、のんびり感じるかと思えばそうでもなかった。ペラ飛空艇並にかっ飛んでないか?
「わかります?此処んとこ調子が良いんでさ」
操舵手が上官の独り言をインターセプトして応える。俺の次の代になる前に直さないとなぁ。
兵部省に行くと、例のごとく紙切れを突き出された。
「昇進はちょと早いんじゃ」
「叙爵のの方だよ」
「まじで?領地貰えるんすか」
眼で読めと促される。なんだ?無領所貴族?法服とは違うのか?あ、官位が着かないのか。貴族院の登院資格があって年金が貰えるんだ。これはあれだ、体制固め?
今回は陛下直々の叙爵となるので身形を整えるようにと言われた。ちゃんと戦勝報告もしたよ?飛竜が出てきて台無しになっちゃったてのも。
シャオは見るからに自分そっくりな人形?を前に小首を傾げる。皮膚が木目調なので間違えられる事は、たぶん、ないが、神樹の意図が把握できない。そもそも意図があるかすら不明ではあるが。
「なに?」取り敢えず訊いてみる。
「当該世界で発覚した重大な不具合に付き呼称人族との緊密な接触の要ありと認められた為、発現した」
わずかに眼を見張るシャオ。まるで人のような考え方をする。いや、人に寄せたのか。これから先シャオにくっついて歩くらしい。ウロの外に出ると、また森人達が平伏していた。
滅びた都の傍ら、竜が踞っていた。体内での核爆発があった筈なのに、まるで損傷が見当たらない。と言うのも再生したからでもとの体は爆発の瞬間に蒸発している。水車の爆発の折り、そのエネルギーの大分を別空間に蓄えていて、それを再生にあてたのである。
しかし、水車の持っていた質量以上の再生は本来出来ない。それを強引に行ったのが魔素による物質=空間の書き換えである。竜は無限とも言うべき魔素を貯えていたのであった。
身じろぎした。
準備は整ったようだ。
竜は標的を求めてゆっくりと頭を巡らせた。