水車 第三章第4話
水車工房の一角で職人達が首を捻っていた。いま完成したばかりの水車の起動出力が三割方高いのだ。民生用なので軸や支持架の強度が足りない。これ迄にも同様のミスが無かった分けでは無いが、概ね湯石の選定で錯誤があっての事だ。此とは事情が違う。大きさ、形状の歪み具合、表面の手触り、何処からどうみても、このような高性能の水車が出来る筈のない湯石だったのだ。
「仮組ばらして、軍用に組み換えな」
仮組での試験運転で良かった。親方は叱るでもなくそう言ってその場を離れた。さあて、期限間に合うか?大急ぎで一つでっち上げないと。
やけに性能の良すぎる物があちこちの工房から出てきている。その所以で事故を起こした三軒隣は監査中だ。終わる迄仕事にならんだろう。検査を諄い位に徹底させよう、
親方はそう思った。
宰相と長官の会談は長引いていた。空軍司令の功績が大きすぎて、空軍府、兵部省の権限に収まらない。その事の相談である。宰相も困っていた。以前の体制なら爵位と領地の一つも挙げて遣れば良かったのだか、今はそうも行かない。[水車革命]からこの方、地域の経済格差の開く事甚だしく、軍備にも如実に影響した。
強い所は良いとして、脆弱化した封領を立て直すには貴族が邪魔で、仕掛を仕組んだのが先の騒動である。今の王制に取って封領貴族は要らないのだ。
「一代ユンカーとして大きめの領地を与えたいが」宰相。
ユンカーは小貴族である。小領を持つが、経済力ではなく、個人的な武辺を期待されている。故に粛清の対象から外れ、また、先の変事に際し大貴族放追の立役者となり王家の重要な基盤としての存在を顕著にした。
「駄目だな、騎士団が放っておかない」
騎士団にはユンカーの跡取り候補の子弟が、半ば自動的に入る。跡取りがいなければ当主。
うんうん唸る重鎮二人。法服貴族ならどうかと言えば、これは官位に付随するもので、空軍司令が兼任となると文官の反発を招きかねない。
「この際、新貴族をでっち上げましょうか」
「詳しく」
漸く話に終わりが見えてきたようだ。
単に出力の事を考えれば、噴進発動機には水車よりは気孔を一つも潰していない湯石の方が有意である。実際、初期の発動機はそうなっていた。しかし、湯石発動機には欠陥があった。出力ムラが大きすぎたのである。その為、初期発動機は緊急用の補助として扱われていた。
水車噴進発動機は回転によってムラを均すことが出来た。出力は大分落ちたが、安定した推力に依って寧ろ速度は上昇した。
水車二連タンデム、水軍が苦労しているのはタンデム化による干渉をうまく排除出来ないためだ。
「そこが駄目、大きく息を吸って」
シャオが水軍技官達に魔石に術式を刻む指導をしていた。なんで息するのが関係あるんだ?
「リズムが大事、呼吸はリズムの基本」
相変わらずの謎理論。しかし、水軍技官達は大真面目に深呼吸を繰り返すのだった。
弁務官が死んだ事は、空軍にも影響を与えた。ひとつには人材の提供を求められた事、参謀長が軍府に居残りしているため、気の効いた小尉を副官に付け司令自ら奔走する羽目になった。
艦隊司令の中尉改め大尉は流石に撤収準備に当たらねばならず、ついでだからと、指揮権をそっくり渡した。水戦関係の資料は空軍の受け持ちで受け取りに行った准尉が泣き付いてきた。
言を左右して渡してくれないと?まだ捕虜の交渉残ってんだけどな、ま、いいか。少尉適当にやっといて、飼ってても飯代馬鹿にならないし早急に引き渡す方向で、あ、お代は出来るだけで良いから引っ張ってね。
隣国工廠に行ってみるとじいさんが口角泡を飛ばしてなにやら主張していた。
「儂の研究渡してなるものか!」
ん?言を左右って、諸に拒否ってるぞ?居残って受け渡せの交渉をしていた兵曹達に訊いたら、後から割り込んできてわめき始めたらしい。
いやいや、ここの研究成果ってそっくり国のもんだし、つまり貰ったうちのもん。
「ならば儂を倒してから」
いやいやいや、てか爺さんなに研究してるの?場合に依っちゃ…。ん?発動機?ジェット型?なにそれ。多分だが、それいっちゃん欲しいやつ。なんならウチ来るかい?
爺さんもついて来る事になった。
二番艦とトルーパーズはお土産満載で属国に帰っていった。念のため言うと、属国化した事への賠償の一部で略奪じゃないからね。
俺たちはと言うと陸軍さんの居残り組と滷獲資材を積んで主力二艦が逃げ出す迄の時間稼ぎ、遅滞作戦中だ。なんでって?まあ、みりゃわかるさ。
「先頭接敵します」
「無理しないでねー、時間稼げたらとっとと逃げるんだから、死んじゃ駄目だよー」
二機の鷲型がエネミーの顔に射弾を浴びせてすぐに離脱する。そうそう、逃げ回ってればいいから。後続の二機も続いて下腹を狙う。俺達は上昇中だ、得意の逆落としだぜ。ありゃ、ブレスだ。
「四番機被弾、離脱する」
右翼が半分になっちゃってるけど、飛行には支障ない。ただ空力的にバランスが悪くなるんで戦闘は無理だろう。
「直上、司令行けます」
「んじゃ、行くよー、目標直下[飛竜]、パワーダイブ!」
「イーハー!!」