水車 第一章 第6話
明日を出立に控え、その夜は慰労会と言うか軽いお別れパーティーの様なものをしていた。騎士団長があちこちで呟いてから去ったお陰で、副団長のクーデターはうっすら視えていたし色々考える暇もあった。
だがしかし、「え?こっちに来たの?」いきなりは心臓に悪いです。
「プランC!」緊急時には一応武官である俺に指揮権がある。早速行使する。敵の狙いは気球だ。
長官と会に参加していた水軍の弁務官、それとついでに兵長も中庭に引っ張っていく。参謀長には悪いが残って貰う。
「お前はどうする」そう訊いてきた長官を飛空艇に押し込め、応える。
「俺、司令っすから」指揮取らないとね。
衛兵達には気球四機が離脱する迄の時間稼ぎを指示していた。離脱を確認したら直ぐに降伏しろと。「死ぬなよ」最後の一言は余計だったかもしれない。三人の兵が死んだ。
「あなたが猛将の空軍司令ですね」副団長は脱いだら凄いんですタイプのスマートな男だった。
「空軍は腰抜け揃いか!」比較的速やかに突入したのに気球に逃げられた、その事が不満で騎士達は荒れていた。
「雑な作戦だな」それでも澄ました顔をしている副団長に嫌みを言ってやる。兵力が最小となっているとは言え王城の守備は固い、気球を確保出来なかった時点で失敗だろう。この冷静さは何だ。
旧上級貴族達の粛正があったのは数年前で、俺がまだ義塾生をしていた頃だ。その頃にはすでに水車駆動の紡績機と機織機が実用化されていて、王室の資本で綿花の産地である旧公爵領内に工場が建てられた。
金が回り、好景気になった。物価は上がる。ところが公爵家の税収はむしろ落ち込んだ。手作業で織っていた布が売れなくなったのだ。
商家の納税は間口の大きさに依るため好景気分の税の増収はない。税制を変えれば商家の領離れを招くだけだ。
斯くして禁じ手を放たざるを得なくなった。
領内ユンカーへの課税である。これは王家への挑戦と受け取られた。
「公爵は王たらんとするか」騎士団が編成され公の居城が包囲された。ユンカーは直参でさらには納税を免除されている。つまり、貴族だ。貴族に課税出来るのは王のみ。
反逆罪が成立した。
「そんな単純な話じゃないんですけどね」副団長といくらかのやり取りをして引き出せたのはその台詞だった。
その事が皮切りとなって南部一帯の上級貴族が粛清された。それ以外の貴族についても軍権を放棄する事で所領を安堵されている。
単純じゃない話が裏にあるんだろうよ。
「それより同道願いますね、将軍閣下」人質か?ピンと来ないな。「部下の生命は保証して貰う」
副団長は旧公爵家に連なるものだ。いくら司直から赦されたと言っても疑う者はいる。当時から付き従っている団員達にも同様の眼が向けられた。それが強い結束を産み短期間で功績を積むことを可能にした。副団長に昇進した。疑う眼は現団長を中心としてさらに強くなった。
暴挙に出た背景にはそんな事があるんじゃなかろか、馬車に揺られながらそんなことを考えた。クーデター起こすような人物に見えんのよ、実際。
「降りて頂けますか」目的地についたようだ。副団長は箱を取り出して何事か話し掛けている。程無く、よく知っている音が聴こえてきた。
羽気球の羽ばたき音だった。