水車ダンマス編 第8話

 王都に入城した共和国軍は治安の回復に勉める事に為った。連合軍が撤退して、共和国軍が到着する、僅か二日ばかりの間に、何が原因なのか市民同士の衝突が大小五件程、武器を持った兵士が居なくなった事で跳ねっ返った、一見意味不明な数を恃んだ商店の略奪狙いと思われる暴動もどきが数件、落ち着いていれば二個小隊程で済む治安維持も、大隊規模の兵が必要とあって、追撃は跨乗戦車二十両と空軍に任せることに為った。殲滅は無理なので追い払う、駆逐せよとの命令が下った。下手に追い付いて捕虜を取るのも煩わしいのだが王都から略奪された物もあるらしく、輜重は鹵獲せよとの命も付随していた。
 強襲艦から飛び立った空軍機は索敵機動を取り輜重隊と思われる車列の位置を報告、それを受け跨乗戦車と援護の水軍機が走る。途中延びた敵兵の列を追い越すが互いに構わない。殿の陣を構築する間もなく殺到してくるのだ、どうしようもないではないか、長々と延びて指揮の取りようもない隊列の指揮官はそう思う。元より戦車隊には構っている暇はない、道を塞ぐなら轢き潰して行くまで。
「停まれ!」
 輜重と思しき車列の先頭に追い付いた指揮戦車は鹵獲宣言をする。
「こりゃ傷病兵搬送馬車じゃねぇか」
 搬送しているのが病人であったため急ぐ事もならず遅れたらしい。略奪品の車列は随分と先行しているようだった。戦車隊指揮官はその情報を得るとすこし距離を置いて追尾してくる強襲艦に報告、車列を解放し先を急ぐ事にした。
「諸君等の無事な帰郷を祈る」
 敬礼して去る指揮官。この時のエピソードは戦後長らく美談として伝えられ国交の回復に大きく寄与する事となった。
 この状況を作り出したのは放射能症で倒れる兵が急激に増加した為である。一人の傷病兵を搬送するのに二人の兵が必要である。小国の軍から離脱が始まった。バラバラに逃げる軍は既に連合国軍ではなくなっていた。まともな撤退戦の用意も出来よう筈もない。

 医療機関では解明できなかった連合国軍人の奇病は、魔導師協会の協力を得る事で放射能症である事が解って来た。王都に遺されていた病死体は埋葬するにしても、動かすに動かせず残されていた病人達の治療が出来るようになり、陸軍元帥のマーガタ・クノ・ムグンはほっとしていた。疫病の恐れがあれば生きたまま焼却せざるを得ないところだったのだ。如何に敵とは言え、下したい命令ではない。
 治安回復の目処は直ぐに立ち、傷病捕虜の処遇が問題となっていた。ヨードを大量に飲ませ放射性物質の体外排出を試みる一方で、直接消去の術式の開発が急がれた。全てが上手くいったとしても助かるのは重い後遺症を抱えた数人だけだろう。だが、いやだからこそ、誰もその事を口にしようとはしなかった。

 ダンジョンの入り口は既に突破されてはいたが、森人達はそこから先に進むことが出来ずにいた。少し奥まった所に瓦礫や雑木で組んだ掩体を構築し連合軍は頑強に抵抗してくる。射角の狭まる洞窟内では十分な圧迫攻撃が出来ない。掩体に掛けられた防御の付与魔法も優秀で森人の精密射を阻害していた。
「あれ、何とかしないと駄目だねー」
 到着したばかりの空軍司令は迫撃砲の使用を命じた。かなり強い物理防御の付与でなければ防げないだろう。その陣を抜くとその後方に同じ様な掩体があった。連合軍の兵士達は弱兵と聞かされていた空軍が相手とは、最後まで気付かなかった。迫撃砲を撃ち込んだ後の果敢な突撃は精兵のそれで有ったからである。
 森人に頼んで捕虜を後送する。重症者も多いが、外には丸太気球も待機している、活躍してくれるだろう。いくつかの陣を抜くと敵兵の変わりに人形兵が出てきた。
「ありゃりゃ、落ちちゃったか」
明らかに敵対の様子だ、コアが奪取された事を意味した。

「エルフ」と呼ばれたので、シャオは恩寵の短剣をダンジョンマスターの喉元に突き付ける。
「エルフをエルフと呼んで良いのはエルフだけ」
 これで三度目だ。重要人物であってもエルフ達は頓着しない、このままでは何時か命を落とすだろう。切っ先が触れた皮膚からついっと血が零れる。
「痛い痛い、血が出た、ヒトゴロシー」
 シャオは呆れた。この程度痛みの内には入らないだろうに。
「今度エルフと言ったら…」
 どうしようかと、暫く考えて
「頭の皮を剥ぐ」
 確かエルフの刑罰にそんなものがあった筈だ。
「インディアンかよ!」
 しかし、その突っ込みは通じない。コテンと首を傾げるシャオ。
「エルフと言わないのであれば、その呼称でも良い」
 森人の別名が一つ加わった。

 時は少し遡る。
 二層程降りて、やけに広々とした空間に出た。ゴーレムはいない。ガオッケンは見張りをたてると六時間の休憩を命じた。まだ被害は数人の軽い怪我で済んでいるが、疲労は蓄積している。限界に至る前に回復しておかなければ、瓦解する。
 コアは大分前から人形を作っていない。DPが切れたのだ。次にDPが入ってくるのは十時間後でその前にコアルームまで到達されるだろう。残っている十数体の人形を左右の壁際に並べ、コアは待つことにした。

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