水車ダンマス編 第5話

105 1隣人同盟 2連合軍内部の不和 3天才シャオ 4取って来い遊び 5水軍工廠 6

 森人の丸太気球は既に丸太でもなければ気球でも無くなっているのだが、その隠蔽魔法の秘匿性の優秀さもあって余人の目に触れる事は極めて稀で相変わらず[丸太]と呼ばれている。この丸太には舵輪も帝国の水上機のような操縦桿も付いていない。座るのではなく跨がる膝の宛がい方や体重の移動で細やかに機動する。真空制御術式の応用で慣性に介入しているから可能な事で、そうでなければ、高G下では直ぐに制御不能になる方式だろう。速度も申し分なく初期の鷲型より速い。搭乗の姿勢から鞍手と呼ばれる。
 その丸太乗りの鞍手、勿論森人である、が不穏なものを見付けた。梢を掠めるように飛ぶ、生意気にも森人の森林迷彩の模倣を施した、円盤機である。鞍手は撃墜しようかと暫し逡巡したが、絶対防衛線を掠めるに留まる航路を取っている事もあり、追尾するだけにした。勿論必殺の至近距離からではある。
 番えた矢の筈が弦を噛んでいる事を手応えで確認すると矢柄を弓手の人差し指でM字弓に固定し膝の上に置き遠話機を取り上げた。
「しーきゅーしーきゅー、ナマツイビシチョンマルサラヌ[ヒクーテー]ヤシガ」(応答願う、現在円盤型[飛空挺]を追尾中)
「ワッターシマヌサトゥンカイディチュン」(防衛圏の外縁を航行中)
『ザーザー…イラバアタックルシー』(侵入経路に着いたら撃墜せよ)
「ウー」(了解)
 円盤機は程無く離脱して離れていった。鞍手は油断できないと思った。こちらの防衛境界をほぼ正確に掴んでいるように見えたからだ。
 森人は共和国と会談し共和国が新国家である事も加味し、正式な同盟を結んだ。それにともない、連合軍の予想侵攻ルートの一つに位置するダンジョンにも同盟の打診をした。快諾を受けた。

 元王国騎士団副団長のガオッケン・クヌ・トゥラスギはイバーラク王国の首班に据えられていた。とは言え形ばかりの物で戦役が終結し次第亡国である隣国=イェードゥ帝国の分割経営に国力を集中させねば為らない連合軍諸国にとって煩わしいばかりの王国の後事を委せる為の人事で機能するのは、連合軍がさった後の事である。そういう約束だった。
 しかし、王族を一人取り逃がしイバーラク共和国建国宣言を許してしまった。連合軍の中は割れた。
「王族の非道への誅は既に成った、須らく共和国と友誼を結び撤収すべきである」とする講和派と
「カーシッカ(帝国首都)を灰塵に帰さしめたのは、共和国首班のエーアス(共和国執政官元王国兵部省長官)ではないか、これを討たずして何の天誅か」とする掃討派に分かれた。
 そこに首班である筈のガオッケンへの配慮はない。講和派は早急に新領地の経営に取り掛かりたいし、掃討派は健在な陸水軍を取り纏めての共和国の報復を恐れる。自国の都合だけである。ガオッケンは発言を求めた。
「私に兵を貸して欲しい」
 講和派にとっては責任を押し付けるデコイになり、掃討派にはなし崩しに再び戦端を開く切っ掛けとなり得る。直ぐに了承された。

 占領下の王都で、魔導師協会の会長であるグル師は突き上げを食らっていた。最近最大の業績と言えるシャオ魔術師の真空制御法の論文に不可を与えたのがグル師である事が発覚したからである。
 希代の天才少女と目されたシャオを教導出来れば歴代に比べやや劣る実績を挽回出来る。そう考えわざわざ協会長自ら義塾に出向き教鞭をとったのだが、当てが外れた。技術力は高いが魔法知識がお粗末すぎたのだ。
「理路整然と淀み無く論理の展開も秀逸であるが空間の認識に根本的な誤りがあり機能しない」
 件の論文へのグル師の評価である。しかし、機能しているではないか、グル師の言う「根本的な誤り」とは何を指すのか、説明せよ。主に若手中心の突き上げは熾烈であり、放置すれば協会が割れる。
 グル師は辞任した。
 新たに就任した協会長は、しかし、グル師の責任を問う事は出来なかった。理路整然としたシャオの論文を理解出来る者が誰もいなかったからである。
「俺だって不可付けたかもなぁ」
 新協会長はこっそり呟いた。高い魔術力が無いと理解できない領域がある。その日から、魔法協会の指導方針はガラリと変わった。シャオのフルネームがシャオ・ハイマオである事から、この大転換は、[ハイマオ的転換]と呼ばれた。
「なぁ、シャオ」俺はふと気になってシャオに尋ねた。「シャオの空間魔法、誰に教わったんだ」
「誰にも」
 そんな事はないだろう、と言うと。
「リンゴが落ちるのを見て気が付いた」
 シャオはシャオだった。

 久し振りに牝犬のブラッディー・マリーと取って来い遊びをしようかと出てきたが、いつもなら犬小屋に近づくだけで激しく尻尾を振って出てくるマリーが出てこない。どうしたのかと犬小屋を覗くとすやすやと就眠中の角ウサギを腹に抱えて困った様に此方を見詰めている。
「あー、起こしちゃうから動けないのね」
 軽くわふと返事をするマリー。それで角ウサギが目を醒ました。ふしゅーふしゆーと快眠を邪魔されてお怒りだ。そんな怒んなよ、なんなら一緒に取って来い遊びするか?
 誘ったのを直ぐに後悔した。脱兎のごとく飛び出した角ウサギのツノウサは未だ空中にあるボールをジャンプ一番一突きで突き破ったからだ。マリーは傍らで恨めしげに俺の顔を見上げていた。ツノウサはドヤ顔だ。
 ボールじゃなくて今度から小枝かなんかにしようか。え?だめ?パンッてのが気に入ったの?しゃーない二ダース位買って来るか、経費で落ちるかな?
 後日、長官…じゃなくて執政官から大量のボールが届いた。メモがあって
『これは俺が使う分だからな、使うなよ』

 水軍の奪還作戦は成功裏に終わった。警戒していた敵飛空挺は姿を現さず、ほぼ空襲で勝敗が決まったと言えた。東側の物流を制する事が出来たのは、今後大きく物を言ってくるだろう。
 技官たちに取っては工廠を奪還できたのが大きく、胸を弾ませ水車車を先頭に押し立てて早速向かった。
「なんじゃこりゃー!?」
 工廠は娼館に変わり果てていた。
「そんなこと言っても、ここはウチが買い取ったもんですから」
 連合軍も資金が潤沢とは言えず、不要な軍施設を民間に売却したらしい。
「それは故買に当たります。元が国家の物ですから重罪になりますよ」
 多少法律を齧っていた士官が威しつけて退去を了承させた。いつになるかは判らないが、戦後の賠償から娼館主に損金の一部が払われる事になった。
「散々稼いでたんだろうから全額は要らないだろ?」
 強面の兵曹も値切りに貢献したようだった。退去には陸戦隊の応援も借り一週間程で済んだ。
 がらんどうになった工廠に最低限必要な機材だけを据えると、大車輪で新型機の製造を始めた。魔石は空軍から空輸で届いた[軟式大型気室用]だ。紐付けされる桁を左右全通の一本で済ませ、重心の辺りで回転するように取り付ける。仕舞うときはピタリと機体に沿わせ展張時には機体と十字型にセットする。気室は直接展開し外皮は持たない。森人の丸太気球方式である。境界面に視認出来るように隠蔽魔法応用の迷彩柄がおまけで付く。高速時の気室の歪みは境界面の厚みと斥力を大幅にあげて緩和している。十パーセント程速力の低下が見込まれるが元々の高速を考えたら問題は小さい。それより機動力の大幅なアップが大きい。
「気室展開します」
 作業員が掩体に隠れた事を確認して操舵席の技官は展開を始めた。
「三、二、一、今」
「おぉー」
 感嘆の声が上がる。機体から左右に桁が突き出ただけの貧相な物体が最新型の飛空挺に変身したのだ。

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