水車 第一章 第9話

 そう思ってると本当に来た。エル……じゃなくて森人。若い女冒険者の付き添いがあって流暢な森人語を話す。まともな会話出来るってまじ最高。
 「気球を分けてくれと言っている」いま、二分近く喋ってたよね?ほんとにそれだけ?「要約した」言葉を節約するタイプの通訳だった。
 双気嚢の噴進付きでないとだめ?あれ高いんだよな…。じゃさ、射手頂戴よ。代わりに二機……少ない?三機?もっと欲しい?四機!これ以上は負からないよ、もってけどろぼー。
 森人の射手を二個小隊分確保出来た。誉めても良いんだよ。森に派遣してるのをそのまま譲る積もりでいたら、「新品にかぎる」森人は商売も上手だった。

 助手が来た。
 シャオが研究室に籠って出てこない?昨日から飯も食ってないって?トイレどうしてんだ?中に付いてる?いつの間に作ったんだ。まあ、いいや、飯持ってってやれ。
 「それが、持ってくと廊下に置いてけって言うんすけど」食べるの忘れて置きっぱなし?だめだこりゃ、踏み込むぞ二三人呼んでこい。
 こうして我が空軍の花、主任研究員兼筆頭魔術師は無事救助された。なんで研究室で遭難するかな。
 シャオには鍵掛け禁止、助手にはシャオに必ず誰か付けるように申し渡した。
 ついでにシャオのこさえてる物を見たが、一見まともにみえて相変わらず訳の分からない物だった。なんで筒の中に歯車が並んでるんだ?

 工廠長が来た。
 「いつまでも来ないから、迎えに来たぜ」そう言えば何か見せてくれるって言っていたな。なんだっけ?襟首をひっ掴まれて引き摺られた。司令の扱い雑じゃね?
 一見して銃器と分かる物だった。「弾の代わりにこれを撃ち出す」渡されたのは極端に短いボルトで長さは男性の中指ぐらい、鏃がほぼ半分を占めていて円筒の先を尖らせた形になっている。矢羽ねがバレルと干渉しないようにする工夫だろうか。
 矢羽根はほんの少し斜めに着いていて仮に狂いがあったとしても、螺旋状に飛ぶことで最低限の命中率を担保する工夫がみられる。
 「だが、当たんないんだよなあ」工廠長が言うには期待値ほどの命中率が出ないのだと。

 そこにシャオが来た。
 「呼ばれて飛び出てジャ……以下略」「おう、待ってたぜ、調整頼むわ」
 実験室の真ん中にテーブルが置いてある。上にはドラム缶を縦に切って天板と底を抜いた様な物が横倒しに置いてある。その回りに設置してある魔石に順繰りに触れながらシャオは呪文らしき物を呟いた。
 「オーケーだよ」その声と共に回りにいた数人の研究員が物陰に身を隠す。なにごと?調整が上手くいかないと「どこ飛んでくか分かんないのよね」え?弾が?鋭い発射音と共に撃ち出されたボルトは、しかし、どこへも飛んでいかず……。「なんで止まってんの?」
 縦切りにされたドラム缶の中程で、緩やかに回っていた。

 そして、神が降り立った。
 「真空を対流させた」いや、対流しないから、それもう真空じゃなくてなんか別の物だから。シャオとギャンギャンモードに入った処でゴン、カポンと音がした。俺とシャオの頭が叩かれた音だった。
 シャオがゴン、俺カポン、中身空ですんません。
 「どうでも良い事で」実験を止めるんじゃねえ、と凄む工廠長。どうでも良い事なの?問題はドラム缶の上で回っているボルト?
 軸ブレがあるのか先端が円を描いて回っている。「味噌摺り運動ってやつだ」味噌摺り運動自体は回転するように調整されたどんな矢、ボルトにも発生する。
 むしろ発生してくれなければ個々の矢羽根の癖に拠り一定方向に逸れ続け、的に当たらない。

 長官は来なかった。別に意味はない。
 味噌摺りが大き過ぎ、回転も緩すぎた。なるほどこれでは当たらない。
 「鏃の形とバレルの内径」シャオが一目で原因を看破した。看破出来たのは容易に飛翔状態のボルトを観察できる真空対流ドラム缶のお陰だろう。
 GJシャオ、今度昇進させて挙げよう。て、尉官待遇の軍属だよな、昇進させると佐官待遇になるのか?シャオさん、空軍入らない?面倒だから嫌?給料上がるよ?お金より本が欲しい?上がった分で買えば良いじゃん「おぉー」
 シャオが空軍に入った。階級は大尉。

いいなと思ったら応援しよう!