水車 第二章 第6話
お姫様…じゃなくて太子殿下が王都にお帰りになられた。森が存外お気に召されたらしく大分おごねに成り遊ばしていらしたが、橇つき飛空艇の出現で何時最前線になるかもしれない森にやんごとなき御方をお止めするのは、私の首が胴と泣き別れになる事に、と翻心願った。
編成を変えた。二機で一個分隊、二個分隊で一個小隊とした。三個小隊で一個中隊は変わらず。森には現在二個小隊の二連気球部隊がいる。森人のと合わせて一個中隊分で、羽気球相手なら十分な戦力だろう。
問題は橇つき飛空艇が出てきた時だよな。どうするかなあ。とりあえず二番艦は森に移動してもらうか。中尉には三番艦を旗艦にして移って貰おう。
王都防衛隊は壊滅してて空軍初の戦死者も出た。低空で撃墜されたため、降下布が開かなかったのだと言う。比較的被害軽微であった飛空艇が修理を終えた後防空任務に就いている。
いま空軍府にいる動ける艦艇は飛空艦三艦のみだ。二連気球は纏めて修理中で、というより、一旦バラバラにして使える部品から新たにでっち上げる作業になってるようだ。旨く行けば六機は確保できるとの事。すくねえなあ。
陸戦隊の人選を任せた兵曹が報告に来た。二個小隊百数人の名簿を渡された。
ん、ご苦労、指揮官はこの准尉殿ね、いいんじゃない、じゃこれで頼むわ。オークの仮村落が作戦の起点だから準備できたらそのまま行っちゃって、んなに?長から伝言?え?俺も行くの?
プロトタイプの飛空艇は連絡機として活躍している。同型機がないから部隊運用し難いのよね。で、ガタガタ震えながらオークの集落に飛んだ。本隊は陸路。
あんこ型の体形に豚面とは伝聞に継ぐ伝聞の末のイメージであったらしく、同じ力士でもそっぷ型エラの張ったガッシリとした強面で、好みの女性も多いのではないかと意外に思った。まあ、尖った耳と下顎から飛び出した牙がなければだけど。
「おで、おまえ、くう」え、いきなりたべられちゃうの?
「要通訳」通訳殿同行中
「我等オークは圧倒的体力差により人族を蹂躙できる。よって、なめんなよごら的威嚇と共に互いに尊重しつつ対話を試みたい、と言っている」
え?いまの三言にそんな長い深い意味あったの?てか、通訳さん、簡略化がポリシーじゃないの?
「ケースバイケース」
シャオは鹵獲した敵飛空艇の発動機を睨み付けていた。羽気球の水車は確かに高性能ではあったが、加工職人の技量の範囲内に留まっていた。
だが、新たに鹵獲されたこれは次元が違っているかの様にすら思えた。水車の元となる湯石は恐ろしく複雑な術式の塊で堅固な術式の場に絡め取られた物質が湯石の体を成すのだと言われている。
術式が何らかの原因で破壊されてしまえば、湯石はその形を失い、細かな砂に崩れてしまう。その堅牢な術式に手を加えた者がいる。
睨み付けた眼の奥でめらめらと炎が燃えていた。
新型の飛空艇がロールアウトした。例の尾部に噴進発動機を載せたタイプである。後ろに重心が寄ったため翼は後方になった。舵の位置には変遷があった、最初操舵席のまえにV字に取り付けたが視界が悪すぎると撤廃。次案の下向き逆V字は着床時の破損を防ぎ得ず図面すら起こしていない。取り敢えず試作機に採用されたのは後方のV字型、敵機とシルエットが被るのが難とされた。
それまでの三枚組の舵と比べ機構が簡略化できるのは大きな利点ではあったが、思わぬ欠点が判明した。ヨー(機軸が左右に揺れる事)が酷い。次に操舵の癖が大きい。結局後方三舵式になったが、至近になった翼との干渉もあってまだまだ確定とは言えないそうだ。
操舵席は中席、前席は操舵手の視界を確保するため一段下げてある。足を前に放り出すように座らざるを得ないほど低く設えた座椅子の背もたれを大きく後ろに倒してさらに低さを確保した。機首の半固定水擊銃を操作する銃手が乗る。後席も銃手、後ろ向きに付いていて銃は旋回式。
鼻面にも見える機首のシルエットを嘴に見立てて鷲型飛空艇と呼ばれることになった。
王弟のクーデターの失敗自体は、勇者にとって折り込み済みの事ではあった。
「雪が消える前に…」飛行艇部隊を再編しないと性能の劣るオーニソプターに制空権を委ねなければならない。
「勇者様、湖水軍より水戦を借り受けることができました」
借りるとはいっても戦闘に使うのだ、消耗もする、新品で返すことになる。そう交渉しろと指示した。
「等乗員は出せないと」問題ない。
完熟を終え次第、進撃するとしようか。
「電撃隊に出陣が近いと伝えて下さい」二百両もの水車雪上戦車と歩兵車両、跨乗もある。三千の兵を運べる。