水車 第三章 第1話
王都は、なんか久し振りって感じ。新型艦や二番艦の改装の設計に付き合ったり、元勇者軍のうち空軍に配属になった連中の訓練みたりしてて、気が付いたらもう春だし。で、取り合えず属国になっている元勇者軍兵士達の故郷を取り戻そうじゃないか大作戦の打ち合わせ、作戦会議とも言う、に来た。
「少将に任ず」はい?長官に挨拶にいったら、任命書らしき紙切れと階級章を渡された。
「今後は将官自身、自らでの戦闘行為は慎むように」いや、長官に強硬偵察行ってこいって追い出された時、既に准将だったよね?「あれには、色々と事情が」目を逸らす長官。
会議室に入ると立ち上がって敬礼してくる水軍さんがいた。「ご無沙汰しております」誰かと思ったら、弁務官さんじゃないか、元気してた?星ひとつ増えてる、昇進おめでとう。旧交?を暖めていると、ガタイの良いおっさんが来た。
「ごわすごわす」騎士団長さんじゃないか、今回呼ばれたんだ。陸軍が出払う事になるんでその調整らしい。
「騎士団にも気球船譲って欲しいでごわす」だから、船じゃないから。連絡艇が欲しいらしい。騎士団全国に散らばってるもんね。訊けばそう高性能なのは要らないというから、今ある連絡艇をアレンジして何機か作ることにした。毎度有り。勿論ただじゃないさ。
騎士団長がいなくなると、水軍弁務官が用件を切り出した。「噴進型発動機の開発が」難航してる?で、なに?技官を何名か鍛えて欲しいの?
作戦の発動は「四月一日とする」長官の締めで会議はお開きとなった。
不満と言う程ではないが、少し窮屈な気がする。つい先日まで砲火を交えた敵同士であってみれば、監禁される事もなく制限はあるものの自由に出歩けると言うのは破格で文句を言う筋合いは勿論ない。
「工廠の見学はやっぱり駄目ですか」勇者は窮屈の原因に分かりきった事を訊いた。情報の収集というより、無口な監視役から滲み出てくる窮屈さを醸し出す何かを少しでも和らげようと思っての事である。
「本官は会話を禁じられております。これは独白であります」程なくして、勇者は北の森に移された。
訓練は通訳を通じて行われた。陸軍も同様らしく語学に堪能な情報局の人材は貸して貰えなかったので、義塾から学生のバイトを雇った。
「彼らも隣国に国を強奪された被害者なんだよね」なかよくしてね、との司令の指示は空軍では絶対である。ポケット版の隣国語の辞書を片手に世間話を試みる兵達の姿があちこちで観られるようになった。その所以で元勇者軍の兵達は、祖国奪還の作戦が進行しているらしい事を知る。訓練の成果が上がり始めた。彼等は陸戦隊に配属され、激しい空挺訓練をこなした。
巧く神樹と交信出来る時と出来ない時がある。幸い今回は交信出来る番のようだ。シャオは魔法言語の元である古代エルフ語で祝詞を唱える。
「ウンジュヨーナガメチャイビーン」程なくして(よく来てくれました。我が娘よ)神樹から応らえがあった。
この応信の存在が森人=エルフをして神樹を崇拝せしめている物だが、シャオにとってはただの応答信号に過ぎない。折に触れ叡知を示す神樹ではあるが情報の集合体でしかないレコードの結節点のひとつに過ぎないのだ。人格が存在すると視為すのには無理がある。
「湯石に関し重大な不都合が進行中である。解決策のひとつを提示したい」
交信を終えウロから出ると森人達が平伏していた。
「なに?」小首を傾げるシャオ。長が代表して語る。勿論森人語であるが魔術師であるシャオには概ね理解出来た。
突然神樹からの波動が満ち、ウロに閉じ籠るシャオを「愛しい娘」と呼んだと言う。シャオの解釈では重要な情報源と位置付けられただけの事だが、森人は大したことだと感じた様だ。
「エルフをエルフと呼ぶことを許す」名誉森人にして貰えたらしい。それから、巫女の証とか言うアミュレットを貰った。
数艦同時に修理ないし改装が可能なように造られたドックは、きれいさっぱり空けられていた。巨大飛空艦建造のためである。
これから、建艦式の準備が始まるが、だだっ広いなあ。小声で喋ってもわんわん響くし。隣のドックには二番艦が据わっていて、空挺隊旗艦として改装中だ、てかもう最終艤装始まってるから、[作戦]にはなんとか間に合いそうだ。百名強二個小隊を運用出来る。バルジの大改造で随分ズングリしたね。同じ艦には見えないや。
外に出たら鷲型が二機低空でかっ飛んで来た。俺の乗機じゃないよ、俺ここに居るし。ロールアウトしたばかりの二機で、慣熟をやってるんだろう、たぶん。
なんで慣熟始めたばかりで全速低空やってるんだろう。
森人に真空圧縮教えて良いかと、シャオに訊かれ、簡単やつならと許可を出した。実際、二連気球じゃ性能不足が目立ってきてたし。
森人の気球を眼にすることは滅多にない。空用の隠蔽魔法を開発したみたいで、見付けたとしても良く外形が分からないのだよね。これって、ある意味無敵じゃね?
森人達はいとも容易く真空圧縮を使いこなせるようになった。のみならず、進化すらさせた。魔石との紐付けを強化して気嚢や気室を撤廃したのだ。丸太に魔石を仕込み、打ち跨がって空を飛ぶ森人がそこかしこに出現したが、人族には気付かれない。隠蔽魔法が掛かっているからである。
もしかしたら、森人空軍こそ最強なのかもしれない。