水車 第一章 第10話
雪が降り始める少し前くらいから凍結によるトラブルが出始めた。
小さな湯石を放り込んで置けば水タンクが凍りつく事は無い。問題は配管で、きちんと水抜をしないと、早朝の始動時に思わぬ事故を起こす。いや起こした。起こしまくった。だって初めての冬だし……。
凍結の配慮がまるっと抜け落ちた設計というより、そんなノウハウが皆無だったのだ。
湯石を使うことを思い付く前には、食塩を添加して凍結を遅らせる実験なんかもした。塩素が発生して偉い目に遭った。
高濃度高温でないと発生しない筈なんだけどね。ちょっとしょっぱいが飲め無い事もないレベルで発生するのは流石に怪訝しい。
シャオは水車内部での情報書き換えの余波ではないかと予測。調べる余裕が無いので魔法学の専門家に放り投げた。
塩素騒動で俺も含め研究員が何人か喉をやられた。丁度医療スタッフが演習場に出払ってて、焦った。シャオが魔術治療の資格を持ってたので大事には至らなかったが、医療関係を拡充することにした。
心当たりは……義塾しかないや、コネとかないし。参謀長に行って貰うか、俺が王都に行くと捕まっちゃうし。参謀長が演習から帰って来たら打診してみるか。
王都に気が向いたら忘れていた事を思い出した。「そいやシャオ」「なに」「クーデターさ、兵部省以外の被害ってどうだったの?」「今更?」「うん、今更」「ゼロ」「ん?」「襲われたの兵部省だけ」「まじ?」「ん、まじ」「じゃ、クーデターじゃなくて、ただのテロ?」「ただのテロ」なんかヤバい気がしてきた。
君側の奸を討つ、動員されて来た団員たちはそう教えられたそうだ。罪なしとされ、すぐに釈放された。
君側の奸は長官の事を指し、副団長は一部で未だに英雄視されているらしい。
「気球は?明らかに気球を逃がしたのを悔しがってた……」そこで勘違いしていた事に気がついた。
王城を攻めるために気球が欲しかったんじゃない、長官を取り逃がしたのを悔しがってたのか。
「俺が拉致されたのは?」「失敗した以上確とした証拠が必要、司令を手土産に隣国に潜入すると」なんとシャオ十文字以上喋れたのか、じゃなくて長官間諜と疑われていたのか。
いやまて、その流れで俺がすんなり帰って来たら、俺も長官も状況真っ黒じゃね?最悪気球研究所出は全員拷問室送りだ。「逃げるぞ!」もういつ憲兵が来てもおかしくない。
「森にいくんだろ?俺も行くぜ」どこから聞いていた工廠長。「春からの敵の侵攻を考えれば、今のうちに作戦司令部を森に移すのは良い考えですな」参謀長まで、てかいつ帰ってきた。
「手続きは此方で済ませますので先のりをお願いします。」参謀長はそう言って立ち去ったが「何処から出てきたんだ?」とこれは工廠長。
今すぐ動かせるのは飛空艇一隻かな?、三人のりだから間に合うな。
ドアを開けると少尉が直立不動で敬礼していた。「自分もお供するであります!」君はいまから中尉だ。権限のあるうちに階級上げてやらんとな。
「中尉、動かせる船はいくつある」「此処にあるのは全部動かせるぜ」工廠長が話を横取りして答えた。
こんな事もあろうかと、俺が帰ってきてから参謀長と諮って準備していたのだそうだ。凍結し始めたのにはあせっりまくったらしい。
ドックに入ると、部隊が整列していた。えと、これって、前々から空軍がヤバいって知ってたって事だよね。しかも付いてくる気満々だし。
知らなかったの俺だけ?教えてくれても良いじゃないか「知ってて準備してるのかと」肩を竦めてシャオ。皆ウンウン頷いてるし。
飛空艦三艦飛空艇四機噴進二連気球三機、空軍主力丸ごとのなし崩し夜逃げ大作戦が今発動した。俺たちの冒険はこれからだ。
第一章了