水車ダンマス編 第9話

109 1契約 2回収 3進撃の空軍 4犬と長官と角ウサギ 5ダンジョン陥落 6窮余の一策

1 流石に神樹のウロで嫁達といちゃつく事は御法度ののようで、虎治は追い出された。それだけではないのだろう、シャオが虎治の視線を鬱陶しく不快に思っていた事も、迂闊な言動で自らを死地に追いやりかねないダンジョンマスターを安全地帯である神樹のウロから解放する要因となり得る。
「ここに住む、おーけー?」
 空軍府の森内飛び地拠点の一つに借家を借りそこに虎治を押し込める。
「狭いよ、嫁だけで二十人は居るんだよ?」
 森に避退してからも新[嫁]の召喚に勤しんで居たらしく、数が増えている。その召喚場面にシャオが鉢合わせしたのが今回の仕儀ではあるのだが、少女達に罪はないとも思うシャオ。
「暫く我慢する、今空いているのはこの家だけ」
「えー、いつまでさ」
 あすには工兵に頼んで増築をと言うシャオに、騒音がー、とごねる虎治、
「節操のない下半身が原因」
「だってー」
「それなら、ワタクシが増築を行いましょう」
 声のした方へ二人が眼を向けると黒い球体がプカプカ浮いていた。
「コア!何で居るんだよ。行きなり首を切るなんて酷いじゃないか!」
 コアは取り合わずシャオに語り掛ける。
「こちらの魔素をお借りしたい、程なくあちらの状況が落ち着きますので、其迄の最小の改変に止めます」
「わかった、それの下半身の管理も頼みたい、でなければ無限の増築が必要になる」
「了解しました」
 こうして神樹の森と歪な決節点との契約は成った。
 暫くコアを見つめ、コテンと首を傾げるシャオ。
「なぜここに?」
「コアルームが攻略されたので此方に退避させて貰いました」
「決節点が不安定になる」
「それについては、工作済みです」問題ないらしい。

2 何度かの戦闘を経て漸く戦車隊は目標らしき車列を捉えた。先頭の前十メートル程のところに砲弾を撃ち込んで車列を停める。指揮官らしき者がいきり立って反撃を命じるが兵は反応しない。
「王国より持ち出した物を返還すれば解放する」
 そう言うのだが、傍らの兵の弩を取り上げた連合軍指揮官は[パン!]跨乗兵に射殺された。
「次席の者は誰か!」
 強襲艦の一隻が降下して艦首の搭乗扉を大きく開けた。連合国軍兵士の口もあんぐりと開いた。馬車や水車車は置いて行く、一時的に捕虜として扱うと宣言して敵国の兵を人夫に使い、被鹵獲物資の回収は滞りなく終わった。
 なお、この作戦での戦死者はいない。車側から立ち上げた圧縮真空の掩体が跨乗兵達を護ったからである。この指揮官は後に適中突破三千里と言う本を書いて[突破御殿]と呼ばれる屋敷を建てた。

3 「えー、ダンジョンコアは壊しちゃ駄目です」
 サルー司令は人形との戦闘が一段落付いたところで、シャオからの念話による新情報を開陳する。
「壊しちゃうとこの辺りの生き物が一瞬で死んじゃうそうです。酸欠みたいなものですね、欠乏するのは魔素ですけど」
 生き物には勿論人間も含まれると付け足す。暫しの休憩の後、進軍を再開する。出てくる人形はいない、魔力かなんかが枯渇したんだろうと、サルーは思う。確か、充満する魔素も一旦加工してからでないと使えず、意外に時間がかかるのだと、やけに人間ぽいコアが溢していた。となると、後は二個小隊程の連合軍が相手だ。
 人形と違い考える頭がある。分岐に行き当たる度に斥候を余計に放つ。進軍速度は落ちた。

4 ブラッディー・マリーにとって取ってこい遊びは命懸けの物に変貌していた。最初のうちこそツノウサの届く前にボールをかっ浚ってふーふー言わせて悦に入っていたのだが、いまやぎりぎりだ。
 咥えた瞬間に首を振って交わさねば、ボール毎顎を突き破られかねない。そうなれば、ご飯が食べられない。命の危機極まる。
 サルー司令ならなにか考えてくれるかもしれないが、長官と来たらギリギリの攻防に歓声をあげるばかりで、彼女の憂慮に気付く気配もない。なのでマリーはストライキをすることにした。
「マリーや取ってこいするよ」うず
「おや、今日は体調でも悪いのかな?ツノウサおいで」うずうず
「そーれ」…「パンッ」うずうずうず
「もう一回いくよ」わうわうわう。
 マリーの命懸けの遊びはまだまだつづきそうだ。

5 「状況を開始する」一度部隊を再編の後ガオッケンは進軍を再開した。今度は殿に兵を配置している。残してきた部隊からの遠話が途絶えた、落とされたのだろう。エルフ達が追い付くのはまだ先とは思うが用心に越したことはない。広大な空間の尽きる辺りに岩壁には不似合いな扉がみえた。エルフの管理者がいるならあそこだ。ガオッケンは先行する部隊に追い付いて先を急がせる。
 一番にあの扉に入ろう、なぜか、そう思った。斥候長は頑固だった。指揮官の要望をにべもなく断ると五名の部下と共に扉の中へ突入した。
「隊長、エルフは居ません」続いて入る。
 両の壁際には雑多な木製のゴーレムが十数体並んでいる。驚異には見えない。奥まった所に祭壇の様なものがあり、黒い球体が浮いていた。エルフは?いる筈の管理者はどこだ?外の兵を入れて隠し部屋を探させようか、それとも外の広大な空間に紛れたか。
「わたくしダンジョンコアは当ダンジョンの陥落を宣言します」
 やにわに、黒い球体から女の声がした。
「ようこそ、…」

6 決節点は怯えていた。存在を存在足らしめるダンジョンマスターの不在が徐々に巨大な空白となって決節点を苛むのだ。コアは限界を感じていた。決節点の生き物の耳では聴くことの出来ない咆哮はすでに耐え難い程になっている。程なくこの辺り一帯の魔素を吸収して決節点は消えるだろう。それに伴う大量の[死]については頓着しない。虎治の帰還に差し支えるのだ。それは困る。なのでコアルームにガオッケンが入ってきた時こう言った
「ようこそ、貴方が新しいダンジョンマスターです」

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