水車 第一章 第7話

「内通とは見損なったぞ」「裏切ったのは、王家の方ですよ」まあ、解らんでもないが立場上非難しない訳にはいかんのよ。
 羽気球はむちゃくちゃ揺れた。渡されたゲロ袋はもうパンパンだ。ちなみに副団長は乗っていない、騎馬で隣国まで抜けると言う。
 でもなあ、羽気球使えるなら王城空襲出来たんじゃないか?もしかして、目的は初めから俺?まさかな。
 闇に紛れて王国軍の陣地を飛び抜けた羽気球は隣国軍の砦に降り立った。着陸位置を示すカンテラを並べた図形が合理的で、感心させられた。「さすが航空では一日の長が」
 操舵手に言ったのだが、言葉が通じなかった。

「テイコクつよい トブ仕掛つよい」片言の通訳を伴って砦守護らしき者が来た。テイコクとは隣国人が自国を指すときに使う単語で、大きな国とかそんな意味だろう。
 トブ仕掛てなんだ?気球の事かな?「お前シヌ キコクトブ仕掛 ヨワイなった。お前イキル ツヨイなった」なんだ?いきなり死刑宣告か?
 それから小一時間やり取りが続き、互いにハテナマークを多数頭上に浮かべて尋問らしきものは終了した。
「ウチより立派じゃね?」軟禁された部屋は高級士官用の居室と思われた。敵の方が待遇良いとはこれ如何に、て空軍府の居住性にまで手が回らないだけなんだけどね。

 またもや羽気球、身振り手振りでゲロ袋は三枚確保した。湖に向かって飛んでいる。何かあるのか?揺れに会わせて体を揺するといくらかましな気がする。
 ついでに日頃の運動不足を解消するか。「ほい、ほい、ほいほい」つい声が出る。振り返った操舵手に睨み付けられた。はい、静かにします。
 湖は大きい。王国と隣国、足してもすっぽり入ってしまうくらい大きい。岸辺に大船と数隻の小舟って、ありぁ隣国の飛空艇じゃないか。
 形状の謎が解けたな、水上を滑走して揚力を得る絡繰か。底面がV字型なのも発動機の位置が高いのも、納得だわ。羽気球は大船の上に降りた。

 執務室の様なところに通された。
「あなたは●◎▼ですよね」のっぺりとした顔付きの少年期から脱したばかりに見える青年に流暢な王国語で訊かれた。
 一部聞き取れない、それより口と声が合っていない。翻訳魔法とか言うやつかな?「すまん、聞き取れなかった」わんもあぷりーず。
「……いや、いいです」しばらく口ごもっていた彼はやがて意を決したように顎を挙げて語り出した。「実は俺、召還者なんです」正しくは被召還者な、召還者だと召還をした者になってしまうぞ。
「そうなんですか?」いきなり召還されて帰る方策を探していたらしい。俺の噂を聞きてっきり同じ「被」召還者だと以下略。

「帰るのは無理だぞ」言おうか迷ったが、この際はっきりしておいた方が良い。「質量とエナジーは相互に置換できるって知ってるか?」これは魔法の大原則だ。
 イーイコールエムシージジョウの呪文は魔法学の初等科の最初に教えられる。凡そコップ一杯の水を呼び出す為には、大都市を灰塵にするだけのエナジーが必要になる。
 五十キロ以上はあるだろう青年を呼び出すのに必要なエナジーをどこから調達したのか。それは、青年の元居た近傍でなければ召還した辺りになるが、叶わない。
 諸々を考え合わせれば五十キロの数百倍の質量を擂り潰してエナジーに変えなければならないのだ。

「ぶっちゃけ、この星が滅ぶね」この星が無事である以上、エナジーの捻出先は青年の故郷であり、既に存在してはいない。

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