神様と手を繋いだあの日
それは私がまだ5~6歳くらいで小学校に上がる前くらいのことだったと思う。
ある日私と母の2人だけで家にいて、そろそろお昼ご飯にしようかと母が私の好物ナポリタンスパゲティを作り終えたくらいの時に、玄関のチャイムの音が鳴った。
母は「は〜い!」と早足で玄関に向かい、ドアを開けた途端に絶句。
後から誰かな?とついてきていた私も驚いて母の後ろに隠れてしまった。
そこには、おそらく何日も野外で暮らしていると思われる、みすぼらしく汚れた服を着て、痩せこけ、ボサボサな髪の毛にも枯草がついて少し臭いがしてくるような、そんな姿の色黒の外国人の男の子がいた。
そして、「ハングリー、ヘルプ プリーズ」と消えそうな声で私達に言った。
母は、お腹空いてるのね?かわいそうに。どこから来たのかしら?と呟きながら、驚くことに、その子をなんと家の中に招き入れた。
私はちょっとその子がなんとなく怖くて離れてことの成り行きを見守りながら、お母さん、なんで?と思っていた。
母はその子に出来たばかりのナポリタンを出してテーブルに置いた。その男の子は、目を見開いて母を見つめると、母はうなずき、その子はガツガツと夢中で食べ始めた。
母は沢山たべなさい。と笑顔で、でも涙が今にもこぼれ落ちそうな優しい顔でその子をみていた。こんな10歳にも満たないような子供がこんな目に合っているだなんて。と思っていたに違いない。
私はただ状況がうまく理解出来ずに、ただ離れてみていた。
その子が食べ終えて落ち着いた頃、母は「ユア マザー?どこ?」とその子に聞いた。
男の子は、何か外国語で答えたが、よく分からなかった。
母は、タオルを濡らしてくると、ちょっとゴメンなさいね、と言って、その子の顔や身体をゴシゴシ拭いてあげた。そして、これはお兄ちゃんので少しアナタには大きいけど、今の汚いのよりはましかな?持って行って後で着替えなさい。と兄のシャツとウエストがゴムのズボンをスーパーの袋に入れて渡した。
その時、再び玄関のチャイムがなった。
そこには、その子のお母さんらしき人がやはり薄汚れた身なりで心配そうに立っていたが、男の子を見つけると、どっと安堵に包まれたように脱力し、男の子を抱きしめた。ずっと探していたらしい。
「スミマセンデジタ。アリガトゴザイマス。」と何度も頭を下げ、母に手を合わせた。
母は、ちょっと待って。と台所に走り、調理しなくてもすぐ食べられるバナナ、菓子パン、パック入りジュースなどを袋に入れてきて、その子のお母さんにその時母の財布に入っていた数千円と一緒に渡した。
そのお母さんは、驚き、膝から崩れ落ちるように座り込むと、泣きながら何度もアリガトゴザイマスと言っていた。母が私にはこんなことくらいしか出来ないけど、大丈夫だから、色々あると思うけど、人生諦めないで…などと声をかけて励ました。通じていたから分からないけど、その女性は何度もアリガトゴザイマスと呟いていた。
やがてその親子2人は手を繋いで、出て行った。なんども振り返って手を振りながら曲がり角の先へと消えて行くのを、私と母は見送った。
あの親子はどんな経由で日本に、そしてこんな小さな町に流れついて、どんな事情でホームレスになってしまったんだろうか…。
家の中に戻ると、ニコッと母は笑って私に言った。
「ゴメンね、お腹空いてるでしょ。2人で内緒でどこか食べに行こうか!帰りにスーパー寄って好きなお菓子も買ってあげるよ。お兄ちゃんが学校から帰ってきても、今日のことは黙ってよう。約束出来る?」
「うん!」
母と私は手を繋いで、近所のファミレスまで歩いて行った。
私はこんな神様みたいに美しい人が母で、誇らしく思っていた。
母の手を握る小さな手にぎゅっと力をこめていた。