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しゃぶしゃぶ食べ放題に行ってみた、ひとりで。

こんばんは、しゃぶしゃぶを楽しみました、なちこです。

今夜は4,500文字近くある、長編noteです。




ひとりで、しゃぶしゃぶ食べ放題に行った。

フードコートのケンタッキーが閉店していて、ケンタッキー以外の選択肢がなかったのだ。


今思えば、空腹じゃなかった。

私は喉が渇いていて、それも水分不足で倒れてもおかしくないほどに渇いていて、きっと自販機でお茶を買うのがベストだった。

いつもはカバンにペットボトルのお茶が入れているのに、今日は持っていなかった。

慣れない夜のイオン、閉店したケンタッキー、足りない水分。

コンディションは最悪だ、正常な判断などできるはずがない。

そこで目に入ったのが、しゃぶしゃぶ食べ放題でお馴染みのチェーン店。

いつの間に、イオンに店をかまえたのだろう。


最後にしゃぶしゃぶを食べたのは、いつだろう

もしかしたら、10年くらい行ってないかもしれない。

「しゃぶしゃぶ食べたい」とは思っていた。

でも、しゃぶしゃぶ食べ放題というのは、ひとりで行くものじゃない。

ひとり行動が多い私には縁遠い飲食店で、縁の遠さというのは憧れを増幅させる。

「しゃぶしゃぶは世界一美味しいもの」であり、
2,500円というのは高級で、ひとりで入るのが怖い私にとっては、とにかく敷居の高い店なのだ。

かつて「しゃぶしゃぶ食べたーい」という友達のあとについて軽々と跨いだ敷居は、いつの間にか富士山よりも高く越えられない壁となっていた。

その「しゃぶしゃぶ」が、喉から手が出てても掴めないだろう「しゃぶしゃぶ」が、目の前にある。

コンディションは最悪だ、正常な判断などできるはずがない。

気づけば、私はレジの横にあるベルを鳴らしていた。


「おひとりですか?」と店員が近づいてくる。

コクコクと首を縦にふると、人目につかない奥の席に通された。

「ひとりでしゃぶしゃぶ食べ放題を楽しむ孤独なお客様なんて、とても見ていられない」と気を遣われたのだろうか。

そうだとしたら、お気遣いに感謝。


席を案内されながら店内を見渡すと、家族連れ、若いカップル、部活帰りの女子高生が、和気あいあいと鍋を囲んでいた。

そんななか、たったひとりで、KALDIの紙袋を両手で大事に抱えて歩く30代半ばの女が来店したのだ。

友達の娘を喜ばせようと買った、ぱちぱちキャンディーとメロンソーダの素が入ったKALDIの紙袋は、瓶の重みで今にも破れそうだった。

今夜、私は世界で初めて『KALDIの紙袋と一緒にしゃぶしゃぶを食べた女』としてギネスに認定されるだろう。

そんなことを考えながら、案内された席で注文を済ませて席を立つ。


向かう先はドリンクバーだ。

私は喉が渇いていた。

プラスチックのコップにウーロン茶を注ぎ、急いで席に戻って飲み干した。

潤う。

そう、私はこれを求めていた。

しゃぶしゃぶなんて、どうでもいい。

私がこの店に入った目的は、豚肉でも、白米でも、マロニーちゃんでもない、ウーロン茶なのだ。

入店して5分で目的を果たしたが、そのままお会計をして店を出るわけにはいかない。

1杯2,500円のウーロン茶なんて、どうかしている。

ウーロン茶を飲んでコンディションは整った、判断力も正常に戻りつつあった。


ふと、我に返った。

私はしゃぶしゃぶ食べ放題に来ている!!!

ずっとずっと行きたかった、しゃぶしゃぶ食べ放題にやって来たのだ!!!

はるか昔の記憶をたどる。

間もなく、豚肉が運ばれてくるだろう。

野菜とタレとご飯を取ってこなければいけない。

お肉のまえに大きな鍋が運ばれてくるから、先に野菜を入れて温めておくのがベストだった気がする。


慌てて立ち上がろうとしたら、右腕がコップに当たる。

コトンっと、大きくも小さくもない鈍い音が響いて、コップが机のうえを転がる。

そう、この前久しぶりにカラオケに行った日も、私は右腕でコップを倒してアイスコーヒーを撒き散らしし、大惨事となった。

しかし、今転がるコップは空っぽで、先程までそこにあったウーロン茶は私の胃に移動している。

危ないところだった。

落ち着こう、ここはしゃぶしゃぶ食べ放題、みんな鍋を囲み、休日の夜を楽しんでいるのだから。

ひとりもんが、団欒に水を差してはいけない。

私は静かで在るべきだ。

落ち着きを取り戻し、米と野菜を取りに立つ。


時刻は20:30になろうとしている。

閉店間際といっていい時間帯、お客だって数えるほどしかいない。

炊飯器の中身はほとんど残っておらず、サラダバーには水浸しになった豆腐やもやし、白菜は切れ端や芯ばかりが並んでいる。

私は申し訳程度に残った豆腐を二切れと、火が通る前に退店することになりそうな白菜の芯を皿に取った。

お茶碗一杯の白飯と、豆腐と、白菜の芯。

豊かだ。

私のルーツは炭鉱夫と百姓、御先祖はアワや大根の葉でかさ増しした雑炊を食べていたはず。

それを思えば、白いご飯を食べられる私は豊かだ。

白菜の芯だって栄養があるだぞ。

時間内に火が通れば、の話だが。


席に戻ると、とんでもない光景が広がっていた。

昆布だしとすきやきのスープが入った大きな鍋。

高々と積まれた皿の1番上には、竹っぽい筒に詰められた挽肉。

高々と積まれているのは豚ロースと豚バラで、それぞれ4皿くらいあっただろうか。

あまりの恐怖に写真を撮ることも、数を数えることも忘れてしまった。

てっぺんに鎮座する挽肉は鶏つくね、スプーンのようなもので、食べやすいサイズに切って鍋に投下するらしい。

肉の量を見てから、ご飯を取りに行くべきだった。

しかし、後悔などしていられない。

出されたものは食べる、食べられなければ罰金。

それが『食べ放題のルール』だ。


憧れの『大食い企画』が、ここに実現した。

昨日、にじさんじ所属VTuberの大食い企画の動画を3本も見ていたんだ。

今の私は、大食い企画に意欲的。

挑もうじゃないか!

歓喜のしゃぶしゃぶ食べ放題は、白熱の大食い企画へと変貌した。

まず、すきやきスープに豆腐と白菜の芯を入れて煮る。

その間に、昆布だしに豚ロースを2皿投下した。

しゃぶしゃぶなんてする暇はない。

肉をまとめて放り込み、茹で、煮て、食べる。

少しでも時間をかけてしまえば、私の満腹中枢から伝令が飛んできてしまう。

「腹イッパイ、総員退避、撤退セヨ」

その前に、高く積まれた皿をカラにするのだ。


パーテンションの向こう座るカップルが、キャッキャしながら鍋をつついている。

また、真後ろに座る家族連れは、食事に飽きた息子が背もたれに体をガンガン打ち付けて遊んでおり、その反動が私の体を揺らしている。

みんな和やかに、休日の夜を楽しんでいる。

しかし、KALDIの紙袋との大食い企画がはじまった私は、周りなど気にしていられない。

小皿に山盛りにした茹でたての豚ロースを、次々と口に放り込む。

その間、大きな鍋が豚バラをグツグツと音を立てながら茹でている。

私は、ひとりじゃなかった。

KALDIの紙袋が、大きな鍋が、ポン酢が、私を応援してくれていた。

孤独をつくるのは己である。

先程までひとりきりだった私のテーブルは、大食い企画に挑戦する私と、物言わぬ仲間たちによって盛り上がりを見せていた。

他の誰にも気づかれぬまま。


肉を茹で、食べ、茹で、食べ。

気がついたら、豚肉が消えていた。

そう、私は食べきった、企画を成功させたのだ!

白菜の芯は固く、とても食べられたものじゃない。

しかし、程よく煮込まれた豆腐を口にした瞬間、なんとも言えぬ優しさと達成感に満ちあふれた。

「やったよ、お母ちゃん」

故郷の母に向け、そう叫びたかった。


2杯目のウーロン茶を飲み干すと、ふとテーブルの脇から視線を感じる。

「あ、挽肉」

鶏つくねが、今か今かと出番を待っていた。

豚肉を取るために、テーブルの端に置いたまま忘れられた鶏つくね。

満腹中枢から「総員退避、撤退セヨ」と伝令が飛んでくる。

しかし、鶏つくねに背を向けるわけにはいかない。

ちまちまと、ミルキーほどの大きさに切って、昆布だしに入れていく。

このとき、私の心はひどく穏やかなものだった。

チャポン、チャポン。

鶏つくねが入水する音に耳をすませ、昆布だしからマイナスイオンすら感じていたように思う。

先程まで急ピッチで豚肉を茹でていた鍋も、今ではコトコト、優しく鶏つくねを温めていた。


鶏つくねを待ちながらスマホを開く。

数十分前に、友人からLINEが入っていた。

数十分前、ケンタッキーに向かうと告げたまま、スマホを開いていなかったのだ。

ケンタッキー、私もこの前食べたよ!
エンジョイケンタッキー!

友人  20:22

ケンタッキー閉店してた
カナシミケンタッキー

私  21:11

ケンタッキーへの思い、より募っちゃったね…
ジラシケンタッキー

友人  21:24

あ、ゴロが悪いか。
やっぱりケンタッキーの前は4文字じゃないと。
ハンセイケンタッキー
じゃあ、おやすみ

友人  21:25

ゴロ悪いけど、ジラシケンタッキー好きw
おやすミッキータッキー

私  21:29

意味がわからないやり取りに、ホッとする。

デザート代わりの鶏つくねが茹で上がり、モソモソと頬張りながら、LINEを返していた。

生姜の効いたサッパリとした味わい、デザートにぴったりだった。


さあ、腹ごしらえは済んだ。

イオンの本屋さんや無印良品は22時までだから、急いで買い物して帰ろう!

渇きと飢えを解消して、元気いっぱいの私は店先のレジに移動する。

ふと外を見ると、専門店街が真っ暗、シャッターが閉まっているではないか!!

「あの、本屋さんとかって21時までですか?」

おずおずと尋ねると、店員さんは笑顔で「はい」と答えてくれる。


ガーン、なんてこった!!

今日、私がイオンに来たのは、未来屋書店に行くためだったんだ。

イオンに着いたのは20時前で、ゆっくり歩きながらKALDIに行ったり、食器屋さんを見たり、のんびりしていた。

それもこれも、22時まで営業していると思っていたから。

なんということだ!!!

自販機かKALDIでペットボトルのお茶を買って、未来屋書店に行けば良かったんだ。

しゃぶしゃぶ食べ放題の料金は2,500円、おかわりもせず、出されたものだけ食べて帰ってきたから、きっと元を取れていないだろう。

それなら、100円か200円のお茶で喉を潤し、2,300円くらいで本を買ったほうが良かった。

あのとき、正常な判断ができていれば…

悔やんでも悔やみきれない気持ちを抱え、レジ締めや掃除に勤しむ店員さんを横目に、うす暗い通路から駐車場へと向かった。




「しゃぶしゃぶ食べたよ」

そう言いたかっただけなのに、4,000文字以上の記事になってしまった。

未来屋書店に行けずに抱えたモヤモヤを浄化できたように思う。

イオンに行くときは、遅くても19時にはお買い物を始めましょう。

専門店街は21時に閉まってしまいます。

フードコートのラストオーダーは20:30です。

ケンタッキーを食べるなら、20:30より前に注文しましょう。

しゃぶしゃぶ食べ放題は、お友達や家族と楽しみましょう。

そう学んだ、日曜日の夜でした。

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