私のオススメ本【ネット興亡記 敗れざる者たち】

今回ご紹介するのは、日経新聞編集委員の杉本貴司さんが書い た「ネット興亡記 敗れざる者たち」です。
今年は、世界的な新型コロナウイルスの感染拡大により、世界 が一変しました。 それまで当たり前だった、多くの人が集まる、目と目を合わせ て話すといった、これまで大切にされてきたことが、急に避け るべきものとされました。そして俄かにオンライン、つまりイ ンターネットを使ったテレワーク、zoom飲み会などのネットコ ミュニケーション、Amazon、楽天、メルカリなどのネット ショッピングが注目されました。そこで浮かび上がったのは、 世界の先進国と比べた日本のデジタル化の遅れと、その反動と しての「デジタル庁」の設置です。
この「ネット興亡記」は、全12章からなり、第1章のサイバー エージェントから、第12章のGMO、USENまで、今では当たり 前に使われているインターネット上のサービスを立ち上げた日 本の若者たちが繰り広げる、IT企業の知られざる側面を綿密な 取材で描き出したノンフィクションです。
サイバーエージェント、NTTドコモ、Yahoo、楽天、LINE、メ ルカリなど、今では生活に欠かせないものであり、経済的にも 大きなポジションを占めるIT企業の勃興期。そこで働く若者達 は、驚くほどお互いに影響を与え合っていました。それはさな がら、江戸時代末期の幕末の志士達のようです。インターネッ トという黒船が与えた衝撃を受け、それまでの大企業と言う 「藩」を飛び出し、血気盛んな若者達が未来を夢見て、出会い、 協力し、成功し、対立し、別れる、それを繰り返しながら新たな時代を作っていきます。そしてその成功の裏で静かに忍び寄 る、Amazon、Facebook、Googleというアメリカの巨人達の影。
例えばそれは、まだスマホが登場する前のガラケーの時代。 NTTドコモが提供した日本発のモバイル+インターネットサー ビス「iモード」は、4568万人のユーザーを抱え、ギネス記録に 認定されるほど世界的な成功を収めていました。それは、あの 検索の巨人Googleの※1 CEOエリック・シュミットが、「あな たのことを尊敬しています」という言葉と共に、事業提携を申 し入れるほどでした。 ですが皮肉にもその賞賛の言葉は、NTTドコモという古い体質 を引きずる大企業の中で、「自らの地位を脅かされる」と感じ た当時の経営陣や守旧派の嫉妬と保身に火をつけます。Google から尊敬の対象と名指しされた「夏野剛(現KADOKAWA取締 役)」を始めとするiモードチームは、華々しい成果とは裏腹 に、次第にNTTドコモ社内で孤立を深めていきます。 また、日本の情報革命を志し、ソフトバンクを設立しヤフーを 育て、日本にiPhoneをもたらした「孫正義」を、銀行員として 支えたのは後に楽天を創業する「三木谷浩史」でした。その三 木谷が起業したばかりの楽天にインターンとして出入りし、フ リマオークションの開発を担当していたのが、後にメルカリを 創業する「山田進太郎」です。
他にも多くのエピソードを積み重ねながら、それぞれのIT起業 家の人となりを浮き彫りにしていきます。
本書は、日本でのIT化、オンライン化の歴史を立志伝的に知る ことができる稀有な書です。同時にあらゆるビジネスモデルや、マーケティング戦略の教科書でもあります。一代で巨大IT 企業、ITプラットフォームを築いた起業家達が、どんなビジョ ンを描き、戦略を立て、具体的な販売戦術を展開したのか。
コロナ禍により、図らずも※2 DX(デジタルトランスフォー メーション)元年となった2020年。
「歴史はそれ自体を繰り返さないが、しばしば韻を踏む」 (History doesn’t repeat itself, but it often rhymes.)とは、「トム ソーヤの冒険」を書いたアメリカの作家マーク・トウェインの 言葉と言われています。(マーク・トウェインの言葉ではないと いう指摘もありますが、誰が言ったかは単なる権威付け。大事 なのは現実を的確に表しているかどうかだと思います。)
過去の歴史を知り、これから刻まれるであろう未来の※韻(ライ ム)に備えるためにも、年末年始のお休みにぜひ読んでおきたい 課題図書です。

*1 CEO
「最高経営責任者」会社の経営における中心的リーダー。

*2 DX 社会の変化に対応して、データやデジタル技術を活用して、製 品やサービスを変革し、また合わせて業務や組織風土も変えて いくこと。

*3 韻(ライム) 同じ母音を持つ言葉や音感が似ている言葉を、一定の場所で揃 えて語呂を合わせる詩や歌詞のテクニック。



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