「エスキモーに氷を売る」とかいうただのマーケティングの本質の話
今回読んだ「エスキモーに氷を売る」は不人気球団だったニュージャージー・ネッツのCEOとなった著者が、独自のマーケティング手法で球団の経営改革に取り組んだ話。
※ネッツは2012年からブルックリン・ネッツに球団名を変えているようです。
SHCの課題でJ3チームの”ブラウブリッツ秋田の事業報告を作成する”というテーマがありました。
2018年の平均来場者数3,000人弱ですが、チケット総収入を考えると有料入場者はかなり限定されるのでは、という経営状況です。
秋田はもともとバスケットが盛んな県であり、サッカーは競技者数も日本でいちばん少なく、不毛の地。
”サッカーを観る”という文化形成から取り組む必要がありそうで、まさしくエスキモーに氷を売るような視点が必要であり、本書から何かエッセンスを得られないかと思い手を取りました。
プロ野球の場合、ホームの70試合でなんだかんだ1〜2万の来場者が見込めますが、J3の場合ホームは17試合しかなく、各試合で有料の観戦者が少ないというのは死活問題です。
ちなみに本文中にエスキモーも氷も見事に一言も触れられていません(笑)
さて、当時のネッツには致命的な経営課題が2つありました。
1つめは地元市民のアイデンティティが薄いということ。
スポーツチームを応援するモチベーションのひとつが帰属意識です。
例えば日本の場合、甲子園の自分の都道府県の高校は必死に応援したくなります。特に昨年の金足農業高校については、地方のチームが全国大会で活躍し決勝ではエリート高校と対戦するという、まさしく自分は秋田県民であるという帰属意識、アイデンティが満たされ、町をあげての熱狂的な応援につながったのかなと思います。
地元へは無条件の愛がありますからね。
で、ニュージャージーに話を戻すと、どうも市民はニューヨークにより興味があるようで、入ってくる情報もニューヨークのものであり、ニュージャージーへのアイデンティティが薄くなりがちでした。そうするとどうしても地元のチームを応援するモチベーションが低くなります。
2つめは周囲に競合が多いということ。
著者はもともとポートランド・ブレイザーズというNBAチームの副社長だったのですが、ポートランドの場合はプロスポーツチームはその一球団くらいしかなく、地域社会の一部になっていました.
一方で、ニューヨークを含めると当時はネッツの周囲に9つのプロスポーツチームがあり、特にバスケットでは人気入団のニューヨーク・ニックスがあるということ。そのため、とにかくネッツに関心を持つファンが少ないという課題がありました。
そこで、ネッツでどんな改革をしたのかというと、まずはチケットセールスの強化です。
顧客が買いたくなるような商品を用意すること。
そのために、単にセールススタッフを増員し、営業の量を増やすのではなく、これまでのシーズンチケットホルダーを中心にチケットを購入したことがある人、問い合わせをしたことがある人など、少しでもネッツに関心を持った人の名簿リストをデータベースとして最大限活かしてアプローチしていきました。
新規顧客も必要ですが、買ってもらえる可能性のある顧客に確実に買ってもらうこと、更にもう少し多く買ってもらうことを大方針としています。
また、顧客への対応、スタッフの動員、パンフレットの作成などのコストについて、本書ではこのお金の使い方をクレイジー・マネーと表現しているのですが、要はROIが見込めるならば一時的にはコストとなることも積極的に実施してくべきだ、ということです。
アメリカではROIのに基づいた意思決定が強く根付いていると思うのですが、今お金がないからできない、人を雇えない、ではなくて将来的なメリットを見込んで意思決定しなくてはいけないのです。
ただ、J2、J3となると今日、明日にお金がなくなる!というレベルの経営をしなくてはいけないようなので、なかなか実行には困難なこともあるのですが。
「MLSから学ぶスポーツマネジメント」でも述べられているのですが、アメリカのスポーツビジネスでは入場料収入を上げることの優先度がとにかく高いです。
今のMLSでは各チーム数十人のチケットセールス担当を雇っており、リーグとしても一括してセールスの専門家を育成しています。
まずは球場を満員にすること。満員にすることで入場料収入を最大化するだけではなく、スポンサーセールスも放映権も上がり、選手・社員のモチベーションアップにも繋がります。
ちなみに、Jリーグの入場料収入が売上に占める割合はすごく低くて、2017年のJ1、J2、J3ではそれぞれ20%、14%、7%です。広告収入比率はそれぞれ45%、51%、53%なので、かなりゆがんだビジネスモデルになっているように感じます。
近年は多くのマーケティングツールが存在しており、簡単に営業活動の見える化ができます。
しかし、まさしくネッツが行ったように名前のわかるエンドユーザーに対してアプローチしていくことこそがCRMの本質であり、これを愚直に進めることが成功への道なのではと考えています。
次に実施したことが、社員の意識改革。
「だめになっていなければ治す必要はない」「わが社ではいつもそうやってきた」というコミュニケーションはかなり危険なシグナルであって、社員、特にハイパフォーマーになりうるエリートの士気を下げるんですよね。
日本ではスポーツ業界は一般企業に比べると給料は下がり、労働環境も良くないし、福利厚生も整っているとは言えないのですが、それを承知で働きたいという人が多くいます。
そういう人たちは熱い目的意識があるわけで、いざ組織に入り、上記のような雰囲気を目の当たりにするとけっこうげんなりすると思います。
ネッツについては地元住民の帰属意識が薄く、周りに競合も多いので、自チームの試合に全く価値がない状態でした。そのような環境の中で今までの考え、価値観を考えるような商品自体のイノベーション、売り方のイノベーションが必要になります。
例えば、対戦相手のスタープレイヤーを積極的に活用する、ファミリー層やビジネスパーソンに対して試合以外の勝ちを付帯したチケットを売るなど様々な施策を実施しました。
ということで、社内でイノベーションを推進するため徹底的にミスに寛容になること、イノベーションといってもささいな既存踏襲であっても存在・やり方を疑って小さな改善を続けていことで、新しいビジネスを生むような組織にするよう仕組み化しています。
最後に、この本のポイントとなるのは、述べられている内容が特に今の時代では珍しい内容ではないということです。
名簿を基にチケットセールスをするのはまさしくCRMであり、イノベーションを推進するのも今の多くの企業ではよく謳われています。
ただ、どうして現実がこの通りにいかないのかというと、「自分たちは特別なビジネスだ」と思ってしまうからかなと思います。
自分たちが扱っている商品、対象の顧客、置かれている状況が唯一無二であると考えていると、ネッツのような成功事例から自組織にも取り入れてみようという発想にはならないようです。
ベストプラクティスをそのまま導入しようとするのではなくて、なぜそれが成功したのかを見極めて、採用することが大切ですね。