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20年越しに探し続ける思い出の味

私が神田のとある店に通っていたのは、今から20年以上も前のことだ。仕事で毎週1回、神田に行く機会があった。その日の昼食はいつも楽しみで、自然と足が向くのはいつもの中華料理屋だった。なぜなら、そこには私が心から愛する「四川風焼きそば」があったからだ。

その焼きそばは、今でもはっきりと記憶に残っている。普通の焼きそばとはまったく違い、具材も独特だった。玉ねぎの甘み、ピーマンのシャキシャキ感、そしてメンマのコリコリとした食感が絶妙に混ざり合っていた。肉も少し入っていたと思うが、あまり記憶に残っていないのは、それほどまでに他の具材のインパクトが強かったからだろう。しかし、何よりも心を惹きつけたのは、その特製のタレだった。

焼きそばというと、一般的にはウスターソースやオイスターソースで味付けされていることが多いが、この四川風焼きそばは一味も二味も違った。四川風のタレが使われており、そのタレが麺に絡められているのではなく、まるでパスタのミートソースのように、麺の上にたっぷりとかかっていたのだ。この独特なスタイルに初めて出会ったときの驚きは、今でも鮮明に覚えている。

タレの味は、しっかりとした辛さと深いコクがあって、口の中でじわじわと広がる。その味わいは、焼肉のタレに少し似ていると言えば伝わりやすいかもしれないが、実際にはもっと複雑で奥行きがある。ピリッとした辛さの中に、旨味が凝縮されたような、癖になる味だった。一口食べるごとに、また次の一口を欲してしまう。そんな焼きそばに、私は毎週のように魅了されていた。

仕事で神田に行くたびに、私はその店に寄って昼食に四川風焼きそばを楽しむのが習慣となっていた。忙しい仕事の合間に、その焼きそばを食べる時間が何よりも楽しみだった。しかし、ある時期に担当替えがあり、神田に行く機会がなくなってしまった。それからしばらくは、その焼きそばを懐かしみながらも、食べる機会がない日々が続いた。

そして数年後、プライベートで神田を訪れる機会があった。真っ先に思い浮かんだのは、もちろんあの中華料理屋だった。懐かしさに胸を高鳴らせながら店の前に立つと、店名はそのままだが、改装をしたようで以前よりも洗練されたきれいな店になっていた。その雰囲気に飲まれながらも「久しぶりにあの四川風焼きそばを味わえる!」と期待していたのだが、メニューを開いて驚いた。メニューが一新され、私が求めていたあの四川風焼きそばはどこにも載っていなかった。一応メニューにあった焼きそばを注文した。これはこれで大変美味しくいただいたのだが、求めていた物とは別物であった。

その時の喪失感は言葉にできない。あの焼きそばはもう二度と食べられないのだと実感し、どこかでまた出会えるのではないかと探し続けているが、未だに同じような味の焼きそばには巡り会っていない。

焼きそば自体は珍しい料理ではないし、今でも色々な焼きそばを楽しむことができる。それでも、あの店で食べた四川風焼きそばは、ただの食事以上のものだった。私にとって、それは当時の忙しい仕事の日々の中で、束の間の安らぎと充実感をもたらしてくれた特別な存在だった。そして、それはもう二度と味わうことのできない「思い出の味」となってしまった。

今でもふと、あの焼きそばを思い出すことがある。どこかに、あの味を再現してくれる店があるのではないか。そんな淡い期待を抱きながら、時折町中華に足を運ぶ。しかし、あの焼きそばに勝る味にはまだ出会えていない。

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