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ジャズ記念日: 3月3日、1972年@ニューヨーク

Mar. 3, 1972 “Five Hundred Miles High”
by Stan Getz, Chick Corea, Stanley Clarke, Airto Moreira & Tonny Williams at A&R Recording Studios, NYC for Columbia (Captain Marvel)

ハードボイルドのスタンゲッツを味わうなら、このアルバム。アルバム名は、アメリカンコミックの名作でハリウッド映画にもなった「キャプテンマーベル」。アルバム内の一曲に同名を冠した曲があり、アルバムジャケットのゲッツの写真にキャプテンマーベルのロゴが施されていて、見てしまうと遠慮しがちになるが、そこで怯んではいけない。これはゲッツの数ある作品の中でも指折りの名作だから。

なぜハードボイルドか。それは世代の異なる若い伴奏者と共に、その先鋭的なメンバーの中でも特に尖ったチックコリアの最先端のアルバム名にもなっている楽曲等を取り上げて、一線級を引っ張るジャズマンとしての負けじという気概と次世代の若手を鍛えるという虎の親的な親心が背景にあったのではないか。

この曲、先ずはコリアのフェンダーローズオルガンによる冒頭の漂う様なファジーなメロディーから急転直下、27-28秒のトニーウィリアムスの雷の閃光直後に落雷したような爆発ドラミング。これでバンドが一気に目覚めて、前のめり気味に演奏が進行してゆく。46秒目から裏拍子に「ドンっ」と間合いの入るバスドラムも挑発的。1:27からの激しいシンバル五発は、もはやジャズでは無くてロックだ。あのマイルスでさえも舞い上がったことを認めているトニーウィリアムスの攻撃的な煽りドラミングに対してもゲッツが終始惑わされないように演奏に集中した結果、ハードボイルドになったのかもしれない。

それだけではない。ウィリアムスを克服したとして次に待ち構えるのは、ゲッツの繰り出す旋律に絶妙な間合いでユニゾンを交えつつ合いの手的な絡みを入れる曲者のチックコリア。作曲者ということもあって気を抜かせない。が、それを楽しむように戯れ合うゲッツ。2:33からはハードコアサンバのようなリズムで展開するが、ここでもゲッツは硬派に攻める。その直後の2:39あたりでコリアのメロディーに直感的に追随するような掛け合いが象徴的。

そして、ウィリアムスの3:05-3:11の大音量で畳み掛けるドラミングで、ハードコアサンバは一旦リセット。ゲッツの激しい度重なるブロウの後にコリアのソロが始まり、ここでもウィリアムスはやりたい放題に叩く、が同郷育ちのウィリアムスをこのバンドに誘ったコリアだからこそ、それをむしろ歓迎するかのように融合しつつ我が道を行って譲らない。

5:41からはベースのスタンリークラークによる超絶技巧のソロ。この時なんと20歳にして挑発的に伴奏するウィリアムスにも一歩も引かない。むしろ、ウィリアムスが引っ張られている印象すら受ける。

そしてハードボイルドに対して南米的なサンバのリズムで終始バランスを取りユニークな刺激を与えるブラジル人パーカッションのアイアートモレイラ。

これら凄腕の伴走者による、最初から最後まで息の抜けない緊張感が、手を一切抜かないハードボイルドゲッツと本名作を生み出したように思われる。

このアルバムには、コリアが組成したフュージョンバンドの古典的先駆者である、”Return to Forever”でも取り上げられてスタンダード化した名曲が三曲ある。それらが含まれている以下紹介のファーストアルバムの録音は本作の一ヶ月前、次作が七ヶ月後でメンバーが三人重複しているだけに、比較してみるとゲッツの音楽指向性が浮かび上がって来る。その答えが、ハードボイルド。流行に流されて甘いフュージョンには行かない、ストレートなジャズで行く、という固い意思の表れだと受け止めた。


ゲッツが凄いのは、何を吹こうが聴く側がそのメロディーに同化できる事。ゲッツのメロディーをサックス奏者の擬似体験として追随して口ずさんで追ってみると、淀みなく何一つの突っかかりもなく気持ち良く流れるのがその証だが、それがこのハードボイルドの演奏にも当てはまる。

そして、ボーナストラックにある本曲の別バージョンとの対比も興味深い。誰の発案か、ウイリアムスが別人のように控え目の、まるで異なる音楽が刻まれていて、これこそがジャズミュージシャンの、自由自在な演奏が伺い知れて楽しめる。ゲッツ、コリアもクラークも全く異なるアプローチとメロディーを繰り広げるのも聴きどころ。だが、やはり本採用バージョンの方が緊張感もあってクオリティが高く、そこに対するドラムの存在感の大きさが実感できる。そして、両演奏の共通項であるハードコアサンバが、最初からの決め事だという事が分かる。

同年の同バンドによるモントルージャズフェスティバルの貴重な映像が以下。ゲッツに笑みはなく、演奏もハードボイルドで、それはまさにゴルゴ13のような仕事人の風貌がある。因みにこの時点で45歳。当時、職業的には不安定だったコリアが、新たなツアーバンドを探しているゲッツにアプローチした結果、両者の思惑が合致、大衆に知名度のあるゲッツがこれらの曲やメンバーを取り上げたことによって、”Return to Forever”の知名度が上がって、フュージョンの普及を牽引する。その意味において、ゲッツはボサノバの一般大衆への普及のみならず、フュージョンの発展にも間接的に貢献したと言っていい。

コリアによるオリジナルの”Five Hundred Miles High”がこちら。フュージョン調で且つ歌付き。ジョーファレルによるテナーは、何処となくゲッツのスタイルに似ている。ベースソロの比較も聴き応えがある。こちらはロンドン録音。

この曲はコリア本人が、異なるメンバーと異なる時期に様々なバージョンの演奏を残しているので、それらを聴き比べるだけでも相当楽しむ事ができる。

数ある”Five Hundred Miles High”の中でも、本ゲッツ演奏と双璧の個人的な好みは、こちら。このトリオの演奏もこの上なく素晴らしい。本作のドラムのウイリアムスと、こちらのブライアンブレイドを比べるとジャズドラミングの進化が読み取れる。音質、特にシンバル類の響きと空気感が素晴らしくオーディオレファレンスとしても活用出来る。

最後に、初めてこの曲を聴いたのは、1976年に収録されたジョーパスのソロギター。他のスタンダード曲とは明らかに異なる曲調、展開とボイシングが強く印象に残って頭から離れなくなった。パスもコリア同様のイタリア系アメリカ人だから、親近感があって取り上げたのかも知れない。

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