MBOやOKRが人事評価に結びついてしまっている問題を整理してみた
MBOやOKRは人事評価に結びつけることを想定されていない概念なのですが、割と多くの会社でその達成度を人事評価に用いているようです。そこでこの記事では、MBOやOKRが人事評価に結びついてしまっている理由や歴史的背景、問題点などを整理してみました。
MBO本来の意味は「目標と自律によるマネジメント」
まず、そもそもMBOとは何なのかをみていきます。
MBOはドラッカーが提唱したマネジメント哲学で、Management by Objectives and Self-controlの略です。単純労働から知的労働へ移行していく当時、目指すべき目標を定めて従業員一人ひとりが達成のために自律して考え実行できるようにすることが大事、という文脈で生まれました。
MBOを日本語訳すると、「目標と自律によるマネジメント」です。しかし実際には、「目標管理制度」と訳されることが多いようです。セルフコントロールの部分は無視され、「制度」が付け足されていますね。ドラッカーはMBOは概念であると主張しており、「制度」とする記述はないにも関わらずです。「目標と自律によるマネジメント」と「目標管理制度」ではずいぶん印象が変わります。
こうして目標管理制度と訳されてしまったMBOは、目標達成度をもとに評価=給与に反映させる評価制度として定着していきます。MBOは評価制度のこと、とかんちがいしている方が多いのはこのためでしょう。
ドラッカー自身は、MBOは自己管理を可能にするために評価するべき、と言ってはいますが、ここでいう評価はふりかえり的な意味合いであって、それを評価や報酬に直結する主張はしてないはずです。
年功序列から脱し成果主義へ移行するのにMBOがちょうどよかった
ではなぜMBOが目標管理型評価制度として浸透してしまったのか。それは、年功序列型が時代遅れとされて成果主義を導入しなければ、となった当時の時代背景にMBOがちょうどよかったためと推察されます。
(以下は時代背景から推察した筆者の想像によるものであることをご了承ください。誤りがあればコメントで教えていただけると助かります)
成果主義を導入し、年功ではなく成果で評価・給与を決めようとしても、成果を数値で管理するのは非常に難しいものです。そこで注目されたのが、目標管理制度としてのMBOでした。事前に目標を定め、それに対する達成度を見れば全社員を数値で評価できます。目標達成度100%ならA評価、80%〜100%ならB評価と、異なる職種であっても一律で評価できて好都合だったのでしょう。
こうして、本来は評価給与に結びつけないMBOが人事評価に使われるようになりました。この頃は、MBOと成果主義がセットで語られることが多かったように思います。
OKRの思想はMBOと同じ
次にOKRについて整理します。OKRは1970年台にインテルが提唱していたもので、その後インテル元従業員のジョン・ドーアがGoogleにOKRを導入したことをきっかけに世界的にOKRが広まりました。
OKRとは Objectives and Key Results の略で、目標とその達成のための主要な指標を設けることで高い成果をあげる手法のことです。概念としてはMBOと矛盾せず、MBOの中の一つの流派というイメージです(インテルでもMBOを改良してOKRが作られたといわれています)。
OKRの特徴はムーンショット、つまりは月に届くほどものすごい成果をあげるための手法だということです。そのため、目標達成率は60%程度で成功とされており、80%以上達成するような場合はそもそも目標が適切でないとみなされるようです。
まとめると、OKRはMBOを改良してできた一つの流派であり、通常なしえない高い目標を達成するための手法のことを指します。MBO同様に、人事評価を行うために生まれたものではありません。
にもかかわらずOKRが評価制度に組み込まれているのは、前述の「MBOは評価に使うもの」という誤った思い込みがベースにあり、「OKRは MBOの亜種。つまりは人事評価に使うもの」として広まったようです。
MBOやOKRを人事評価に結びつける弊害
このように、MBOもOKRも本来は人事評価に直結させるものではなく、あくまで高い成果を出すためのマネジメント概念であり手法でしかありません。それにもかかわらず、日本では人事評価に直結させることが多いのはこれまで述べてきたとおりです。
MBOやOKRを人事評価に直結させてはいけないというわけではありませんが、本来的な使い方ではないための弊害もあります。以下に、MBOやOKRを人事評価に直結させることの弊害を整理します。
適切な目標設定の難易度が上がる
MBOやOKRを人事評価に直結させると、適切な目標設定の難易度が上がってしまいます。「高い成果を出すため」という本来の用途でも目標設定は難しいものなのに、更に「人事評価を行うため」という別の目的が乗っかることで、その難易度は一気に上がってしまうのです。
「人事評価を行うため」という別目的が乗っかることで難易度が上がる一例を挙げると以下が考えられます。
各社員の目標難易度をそろえる必要がある
社員ごとに目標難易度が異なると評価が不公平になるので、目標難易度をそろえる必要があります。人事評価に直結しなければ、難易度をそろえることにそこまで気を使う必要はないのですが。低い目標を立てたほうが有利になる
目標達成度で評価・給与が決まるので、低い目標を立てたほうが高い評価を得やすくなってしまいます。
「本当は低い目標を高く見せる」とか「ハイ達成したら次の期の目標が引き上げられるからそこそこの達成にしておく」といった政治的なアクションを行うインセンティブが社員に生まれてしまうわけです。これはMBOやOKR本来の目的である「高い成果を出す」と矛盾してしまいます。
環境変化に対応しにくい
MBOやOKRを人事評価に直結させるもう一つの弊害が「環境変化に対応しにくい」ことです。
例えば1年間の目標を立てて達成のために取り組んだとして、10ヶ月経った時点でその仕事自体が不要になったらその1年はどう評価しますか?
10ヶ月時点の達成度を評価するのでしょうか。その仕事は不要になったのに?ではこの1年間の評価はなしにしますか?該当の従業員はやる気をなくしてしまいそうですね……。残り2ヶ月分の評価はどうしましょう。今から新たな目標を設定しなおしますか?そうこう言っているうちに2ヶ月経ってしまいそうです……。
人事評価に結びつけない本来のMBOやOKRであれば、環境変化が起きたらその時点で新たな目標を設定すればいいだけです。しかし、人事評価と直結していると「これまでの分をどう評価するのか」という難しい問題が生まれてしまうのです。
本来人事評価に結びつけないはずのMBOやOKRを評価に使う場合、これらの弊害があります。MBOやOKRを評価制度に組み込む場合にはこれらの弊害を認識しておく必要がありそうですね。
成果で評価しなければいけないという呪縛
MBOやOKRがなぜ評価制度に組み込まれてしまっているのか、そして評価制度に組み込まれることでの弊害を整理してきました。ここまで読んでくださった方のなかには「じゃあどうやって評価すればいいんだ」と思われた方もいるかもしれません。
その問いに正解はないのですが、もしかしたら私たちの頭の中には「成果で評価しなければいけない」という呪縛があるかもしれません。
『時代遅れの人事評価制度を刷新する(原題:成果主義はいかに成果をころしたか)』では、成果主義型評価制度について以下の問題点を指摘しています。
実際、アメリカを中心に年次評価を行わない「ノーレイティング」が浸透しつつあるようです。『ハーバードビジネスレビュー2017年4月号』では、「年度末の人事査定はもういらない」という特集が組まれています。
ノーレイティングをざっくり言えば、「年次の成果は評価/給与に反映させない」「給与は能力や職務で決める」「評価とは関係なく、成果向上のためのフィードバックを随時行う」制度のようです。
今後、ノーレイティングが評価制度の正解となるかどうかはまだわかりませんが、「成果で評価しなければいけない」という思い込みからいちど距離を置いてみるといいのかもしれません。
以上、MBOやOKRが人事評価に結びついてしまっている問題を整理してきました。こうして歴史をひもといて整理してみることで、今まで当たり前だと思っていた常識が実は誤っていることに気づけるかもしれませんね。
最後に、MBOやOKRを人事評価制度に結びつけている会社を批判したい意図はまったくないことを申し添えておきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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