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父親名義の普通預金等がその子に帰属するとされた事例

東京地判令和5.7.18金判1681号28頁

1.事案のあらまし

 Yは、平成7年12月に、B銀行α支店に、父親であるX名義の普通預金口座を開設した。届出住所はXの居住地であり、取引明細書もその場所に送付されていた。B銀行からA銀行への事業譲渡に伴い、この預金口座もA銀行α支店に移された。なお、Xは東京家裁に成年後見開始の審判の申立てをし、令和2年11月に確定している。
 本預金口座には、少なくとも平成24年11月から平成28年4月までの間、Yの勤務先から、毎月25日頃に、5万円ずつの入金がされていたほか、平成29年12月に配当金、平成30年5月に税務還付金等が振り込まれ、平成24年11月以降、ATMによる50万円程度の出金が複数回ある。また、本預金口座には、令和2年5月、Xの株式の売却金額として814万0169円が入金され、Yは、令和2年5月から同年7月にかけて合計750万円を出金している。
 XはYに対して、YがXの普通預金口座から合計750万円を出金したとして、不当利得返還請求権に基づき、同額から、Yが、令和2年頃までに、Xのために種々の費用を立て替え、その額は少なくとも444万6496円であったとして、Xに対する立替金返還請求権を自働債権、本訴請求債権を受働債権として対当額で相殺した残額の305万3504円とこれに対する法定利息の支払いを求め、本訴請求した。
 一方、Yは、Xに対し、上記A銀行α支店のX名義普通預金等の預金者はYであるとして、その預金債権がYに帰属することの確認を求めて反訴請求した。

2.判決の内容

 本件では、A銀行α支店のX名義普通預金の預金者は、X・Yのいずれかという点が問題になり、東京地裁は、(1)の理由をあげ、Yを預金者と認めた上でYの反訴請求を認容し、それとともに、(2)によりXの本訴請求も認容した。

(1) 預金者の認定

 「本件各預金口座は、Yが自身名義の預金口座を保有する、Yの当時の勤務先近くに所在するB銀行(現在のA銀行)のα支店に開設されたものであり、その入金頻度、入金数としては、Yに帰属すべき、C社からの定期的な給与の支払が多く、全体の入金数の大半を占めているといえ、Xに帰属すべき金員の入金は、 ……株式の売買代金のほか、……配当金と税務還付金の3度しかない。また、本件各預金口座の取引に要するキャッシュカードはYが管理していたものと認められる。」
 「これらの事実を総合すると、本件各預金口座は、Yによる取引に便宜な箇所で開設され、その取引内容もYのためのものが大半を占めるといえるのであり、他の入金は預金口座がX名義であるゆえ、単発的・便宜的に入金されたものとみても説明できないものとはいえない。また、取引明細書については、X名義での預金口座である以上、X住所に送付されることから当然にXの預金であるとまではいえない。そうすると、本件各預金口座の預金者は、その名義に関わらず、Yであるものと認められる。」

(2) Xの本訴請求(Yに対する不当利得返還請求)

 「Yは、本件各預金口座がYに帰属する場合には、(Yによる)合計750万円の出金については、それがXに帰属すべき株式の売却代金を原資とするものであることから、 同額から争いのない相殺額444万6496円を控除した後の額である本訴請求額相当額の返還義務を争っていない。」

3.本判決のチェックポイント

 本件のように、預金の帰属について争いがある場合、どう解決を図るかという問題は、最上級審の判断もあり、少なくとも理論的には解決済みの問題と思われる。しかし、実際には裁判所の判断を経なければ解決がつかないことが少なくないようである。
 最近でも、これを争点とする下級審の事例として、東京地判令和4.3.30金判1650号50頁が公表され、以下で紹介したところだが、本判決はこれに続くものである。

 ここでは、この問題に関する判例の考え方としては、一方で預金原資の出捐者を預金者とする客観説を維持しつつ、他方で、普通預金に限り、金融機関と預入行為者の意思に基づく契約解釈によって預金の帰属を判断するもの(契約法的アプローチ)と整理した。そして、前記東京地判令和4.3.30について、預金原資の出捐、通帳・キャッシュカードの保管、届出をした電話番号、申込書類の筆跡等により判断して預金の帰属先を認定するものであり、最高裁の判例理論の射程内のものと思われる、と主張した。

 本件事案では、Xが成年被後見人の審判を受けており、成年後見人が法定代理人になって訴訟活動を担ったという点で、現代的な問題関心を抱くものであるが、本判決は、2(1)にもあるように、この点は何らの考慮の対象になっていない。[親子間の問題に成年後見人が介入して訴訟事件にまで発展したと考えられなくはない。]
 いずれにしても、結論として、預金者の認定についての判断には影響しないと考える本判決の立場は、是認してよいだろう。