Theme10 お父さんと呼べるのはなぜ
§1 嫡出推定制度の意義
生まれた子について逐一父との遺伝的つながりの有無を確認せずに、婚姻関係を基礎に父子関係を推定するという「嫡出推定制度」は、生まれると直ちに父子関係を確定させることにより、子の地位の安定を図ろうとするものである。
父子関係は、DNA型鑑定によっても確定できるので、これを採用してはどうかとする意見もある。しかし、この技術が発展した現代においても、嫡出推定制度の重要性は、子の利益に照らして何ら変わらないものと考えられている。これは、DNA型鑑定による父子関係の確定によって家庭の平穏を害するおそれ、手続き的な負担、父が応じないときときは子の父が確保されないおそれなどが指摘されているほか、DNA型鑑定の検体を誰から取得したものかといったことについて戸籍の窓口で判断するのは困難であるなどの問題が考慮されているためである。
このように嫡出推定制度のメリットが強調される反面で、これが「無戸籍者問題」を引き起こすものであることが、2006年頃から折にふれて各種メディアで取り上げられ、ひとつの社会問題として広く関心を集めるに至っている。
§2 無戸籍者問題とその立法的対応
「嫡出推定制度」は、改正前民法772条によって、婚姻の解消(離婚)の日から300日以内に生まれた子は、実父が前夫と異なっても前夫の子と推定され、その戸籍に入ることになる。この取扱いを望まない母が、子の出生届の提出を見送り、その結果、子が無戸籍になるというものである。
これが「無戸籍者問題」または「離婚後300日問題」と言われるものであり、令和4年民法改正は、その立法的対応を図ることを主たる目的として取り組まれたものである。
§3 嫡出推定制度の改正と再婚禁止期間の廃止
令和4年民法改正は、①嫡出推定制度の改正と再婚禁止期間の廃止のほか、②嫡出否認制度の改正、③認知の無効に関する訴えの見直し、④懲戒権に関する規定の見直し(これについては、令和4年12月16日施行)、⑤国籍法に一部改正等からなる。
令和4年12月10日に第210回国会(臨時会)で可決成立した「民法等の一部を改正する法律案」であり、令和4年12月16日に公布、令和6年4月1日から施行される。
以下では、本項において①を、次項で②を取り上げ、コンパクトな解説を試みる。
まず、①は、母の婚姻の解消(離婚等)の日から300日以内であっても、母の再婚後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定することとし(772条の改正)、こうしたことに伴い必要のなくなった女性の再婚禁止期間を廃止するものである(改正前民法733条の削除)。
改正の内容は、まず、婚姻の解消または取消し(離婚等)の日から300日以内に生まれた子であっても、母の再婚後に生まれた子は、再婚後の夫の子と推定するものとしたことである(改正後民法772条3項)。
離婚等の日から300日以内に生まれた子は当該婚姻における夫の子と推定するという改正前民法の規律は、生まれた子について早期に父子関係を確定して、この地位の安定を図るためにそのまま維持することとし、ただし、母の再婚後に生まれた子について、再婚後の夫の子である蓋然性が高く、その事実は戸籍窓口での形式的審査でも確認することができることから、再婚後の夫の子と推定することに改められた。
これに伴い、前夫の嫡出推定と再婚後の夫との嫡出推定との重複がなくなることから、女性の再婚禁止期間は必要なくなったので、女性の再婚禁止期間を定めた改正前民法733条が削除された。
改正前民法733条は、平成28年6月に改正されたばかりではあるが、再婚禁止制度の存在自体が憲法違反とも考えられる中で、廃止することとされた。
*改正前の問題状況については、『法学ナビ』81頁以下(2022年、北大路書房)ならびに筆者のBLOG参照
また、婚姻の成立した日から200日以内に生まれた子(いわゆるでき婚で生まれた子など) は、改正前、「推定されない嫡出子」とされ、かなり不安定の法的地位にあったが、夫の子と推定することに改められた(改正後民法772条1項後段・2項)。
§4 嫡出否認制度の改正
改正前民法では、772条による嫡出子としての推定は、母の夫(または夫であった者)だけが、子の出生を知ってから1年に限って、訴えによって覆すことが許されていたものを、改正後民法は、否認権者について、子・母・前夫にも拡大し(774条)、否認の訴えの出訴期間について、3年に伸張した(777条)。
嫡出否認制度は、嫡出の推定を受ける子について、推定される父と生物学上の父が一致しない場合に、真実に一致させることを目的とするものである。
真実と一致しない場合に生じ得る問題は多様であって、否認権者について、母の夫(または夫であった者)のみならず、法律上の父子関係の当事者である子およびその母にとっても重大かつ切実な利害を及ぼすにもかかわらず、改正前民法の下では、母の夫(または夫であった者)のみしか嫡出否認の訴えを提起できないことが、事案に応じた適切な解決を図ることができないと指摘されていた。また、嫡出否認の訴えの出訴期間が1年であったことから、夫自身においても、生物学上の父ではないことを知った時は権利行使ができないという問題もあった
そこで、否認権者を子(改正後民法774条2項)・母(同3項)・前夫(同4項)にも拡大するとともに、嫡出否認の訴えの出訴期間を原則3年とし(改正後民法777条)、ただし、子については、一定の場合、21 歳に達するまで嫡出否認の訴えを提起することができるという例外が規定された(改正後民法778条の2第2項)。
否認権者等について上記の拡張が図られたが、いずれの場合も否認権行使に際しては、一定の制約が課されていることに注意が必要である。 否認権者が子の場合は、①その出生の時から3年以内に、親権を行う母等が、子を代理してする否認権の行使(改正後民法774条2項・777条2号)と、②父と継続して同居した期間が3年を下回るときに、21歳に達するまでの間に子自身による否認権の行使(同778条の2第2項本文)がある。①は子自身が否認権を行使するわけではないので、物心がつくまでの間に行使されることが重要と考えられたものである。これに対し、②は①の特則で、子自身による否認権の行使を認めるものであるが、無制限に認められるではなく、父と継続して同居した期間が3年以内であり、かつ、子が成年年齢18歳に達してから3年以内に限られている。早期に父子関係を確定させるという嫡出推定制度との整合性を図りつつ、また、現に養育していた父の利益も考慮したものである。 また、否認権者が母または前夫である場合、「否認権の行使が子の利益を害することが明らかなとき」には、否認権の行使はできないこととされ、子の利益に基づきそれぞれの否認権の行使の制約を図っている。
§5 すでに指摘されている問題点
嫡出推定制度および嫡出否認制度の改正は、無戸籍者問題に対する立法的対応という課題に応えるものとして取り組まれたことは既に述べたとおりであるが、立法された内容が十分なものであったかどうかについては問題もある。
そのひとつ目は、離婚後300日以内に生まれた子の嫡出推定は、母が再婚してその後に生まれた子しか再婚後の夫の子と推定されず、相変わらず前夫の子と推定されることである。改正前民法において、あまりにも世間常識から乖離した結果を招く類型について対応が図られたのにとどまる。
ふたつ目は、嫡出否認の訴えに関して、否認権者が、子・母等にも拡大されるなど大幅の制度変更がされており、実務がこれにどう対応するかは注目したいところであるが、すでに、子・母等としては関わりを避けたい前夫を相手方とせざるを得ないことが問題点として指摘されている。
いずれも制度の根幹に係るものであり、立法においても問題としての認識されているものと思われるが、一挙に嫡出推定制度の廃止まで持ち込むことができないので、すでに見た改正法の内容で妥協が図られたものと思われる。今後の議論、検討に委ねられている。
本記事に改正条文の新旧対照表を加えた印刷用ファイルを作成しました。