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「肖像権」の侵害に関する判断基準は?

東京地判令5.12.11裁判所Web


1.事件のあらまし

 タレントXが、芸能活動に関し専属契約を締結していたYに対し、契約を解除する旨の解除通知書を送付し、その受領後である令和2年9月7日以降も、自社のホームページにおいて、Xの肖像写真等を削除せず、その掲載を続けていた。これは、本件契約解除の効力をめぐって別件訴訟が係属中であったためであり、別件訴訟の判決が令和5年4月18日に確定したことから、Yは、同日、自社のホームページから削除した。
 本件は、X・Y間の専属契約が解除の効力が生じた後も、Yが自社のホームページ上にXの肖像写真等を掲載し続けているとして、当該掲載行為が肖像権等を侵害するとしして、不法行為に基づき、損害賠償金の支払を求めたものである。
 判決は、次の理由で肖像権侵害等に当たらないとして、Xの請求を棄却した。

2.判決理由

(1) 「肖像は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、みだりに自己の容ぼう等を撮影等されず、又は自己の容ぼう等を撮影等された写真等をみだりに公表されない権利を有すると解するのが相当である(最大判昭和44.12.24刑集23巻12号1625頁、最一小判平成17.11.10民集59巻9号2428頁、最一小判平成24.2.2民集66巻2号89頁各参照)。他方、人の容ぼう等の撮影、公表が正当な表現行為、創作行為等として許されるべき場合もあるというべきである。 そうすると、容ぼう等を無断で撮影、公表等する行為は、①撮影等された者(以下「被撮影者」という。)の私的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公共の利害に関する事項ではないとき、②公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が社会通念上受忍すべき限度を超えて被撮影者を侮辱するものであるとき、③公的領域において撮影し又は撮影された情報を公表する場合において、当該情報が公表されることによって社会通念上受忍すべき限度を超えて平穏に日常生活を送る被撮影者の利益を害するおそれがあるときなど、被撮影者の被る精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超える場合に限り、肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となると解するのが相当である。」
(2) 「これを本件についてみると、・・・Yは、所属タレントを紹介するYのホームページにおいて、XがYに所属する事実を示すとともに、Xに関する人物情報を補足するために、本件写真を使用したものである。そして、・・・本件写真の内容は、白色無地の背景において、Xの容ぼうを中心として正面から美しくXを撮影したものであることが認められる。 そうすると、本件写真は、私的領域において撮影されたものではなく、Xを侮辱するものでもなく、平穏に日常生活を送るXの利益を害するものともいえない。したがって、Yが本件写真を使用する行為は、Xの肖像権を侵害するものと認めることはできない。」

3.本判決のチェックポイント

(1) 肖像権侵害に関する東京地裁民事40部の一連の判決

 本件と同じ東京地裁民事40部(中島基至裁判長)において、肖像権侵害による不法行為の成否が問題になった先例として、刊行物への公表ベースでは、次の2件がある。

・東京地判令4・7・19判時1552号44頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91350
・東京地判令4・10・28判時2555号15頁
https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail7?id=91515

 東京地判令和4.7.19は、出版社である被告が、元プロテニス選手である原告による出資話の被害者の発言等とともに、原告の容貌等が写った写真を無断で週刊誌に掲載したことを問題にした事案で、判決は、本判決と同様に、肖像権侵害の成立も否定する。これに対して、東京地判令和4.10.28は、YouTuberである被告が、原告が警察官に逮捕された際の状況が撮影された「不当逮捕の瞬間!警察官の横暴、職権乱用、誤認逮捕か!」と題する動画をYouTubeに投稿したことを問題にした事案で、判決は、本判決と異なり、肖像権侵害を肯定する。
 それぞれの理由は、両先例とも、判断基準については、本判決の判決理由(1)と同一の記述であり、(2)以下の事例判断(本件事案へのあてはめ)のところで異なっている。

(2) 肖像権侵害の判断基準

 肖像権の侵害について、最高裁判例としては、判決理由(1)で参照指示があった次の3件が重要である。

① 最大判昭和44.12.24刑集23巻12号1625頁
 何人も、その承諾なしに、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由を有し、警察官が、正当な理由もないのに、個人の容ぼう等を撮影することは、憲法13条の趣旨に反し許されない。
② 最一小判平成17.11.10民集59巻9号2428頁
 人はみだりに自己の容ぼう、姿態を撮影されないということについて法律上保護されるべき人格的利益を有し、ある者の容ぼう、姿態をその承諾なく撮影することが不法行為法上違法となるかどうかは、被撮影者の社会的地位、撮影された被撮影者の活動内容、撮影の場所、撮影の目的、撮影の態様、撮影の必要性等を総合考慮して、被撮影者の上記人格的利益の侵害が社会生活上受忍すべき限度を超えるものといえるかどうかを判断して決すべきである。
③ 最一小判平成24.2.2民集66巻2号89頁
 人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから、当該個人は、人格権に由来するものとして、これをみだりに利用されない権利を有すると解される。

 以上によれば、人の「肖像」は、①において、みだりにその容ぼう・姿態を撮影されない自由が法的利益として承認され、③では、人の氏名と共に肖像についても、みだりに利用されない権利を有するとして、肖像権の権利性を確立したものであるが、その侵害による不法行為の成否に関する判断基準については、②が重要である。
 すなわち、肖像権の保護は、かたや表現の自由や報道の自由の保護との関係を考慮しなければならないが、これについて②は、肖像権侵害の違法性を受忍限度の観点から判断する枠組み(受忍限度論)を採用する。
 しかし、受忍限度論による判断は、どうしてもその基準が不明確になりがちである。これを明確化して予測可能性を高めることが求められるところ、この問題に関して、東京地裁民事40部の裁判長である中島判事の論文「スナップ写真等と肖像権をめぐる法的問題について」判タ1433号5頁(2017年)において詳細に論じており、これが判決理由(1)に記載のとおり、前記東京地裁民事40部の判決において採用されている。
 すなわち、中島論文(およびこれに依拠した判決)によれば、撮影情報が、撮影された者(被撮影者)の私的領域にあるか公的領域にあるかで類型分けし、前者では撮影情報が公共の利害に関する事項ではないとき不法行為になるが、後者では被撮影者に対する侮辱または撮影情報に公表によって被撮影者が被る精神的苦痛が社会通念上受任すべき限度を超えるとき不法行為になるとする。
 これに対して、私的領域における撮影は、「事実の公共性だけで不法行為にならないとする結果になってしまい、人格権保護について懸念」を呈し、とくに過剰な制裁に陥りやすいSNS上での肖像の公表について、公共性さえあれば、受忍限度論を考慮することなく、容認されうることになり、好ましくない結果を招くかもしれないとする指摘がある(石井智弥・私法判例リマークス68[2024上]9頁-東京地判令和4.7.19の評釈)。
 表現の自由と肖像権という価値のバランスをどう調整するかという問題設定からすると、公共性という判断基準を設定し、ある程度明確な指針として提示したことは十分に意義のあるものと思われ、中島論文およびこれに依拠した本判決の規範定立は適切のものと思われる。

(3) 事案の具体的判断

 本判決では、本件写真は、公的領域において撮影されたものであることから、Xを侮辱するものでもなく、平穏に日常生活を送るXの利益を害するものともいえないとして、Yが本件写真を使用する行為は、Xの肖像権を侵害するものではない、とする。東京地判令4・7・19も同様に、本件写真について、「元プロテニス選手で当時社会的地位もあった原告が、いずれも、著名人と並んで笑顔で握手等をしている場面を撮影したものであるから、公的領域において撮影されたものと認めるのが相当」として、本件写真は、「原告を侮辱するものではなく、原告のブログで公開されていた写真であったという事情も考慮すれば、平穏に日常生活を送る原告の利益を害するものともいえない」とする。
 以上に対して東京地判令4・10・28は、「本件逮捕動画の内容は、白昼路上において原告の容ぼう等が撮影されたものであるから、公的領域において撮影されたもの」とした上、「逮捕動画の内容は、道路脇の草むらにおいて原告が仰向きの状態で警察官に制圧され、白昼路上において警察官が原告を逮捕しようとするなどして原告と警察官が押し問答となり、原告が警察官により片手に手錠を掛けられ、原告が複数の警察官に取り囲まれるなどという現行犯逮捕の状況等を撮影したもの」であり、「本件逮捕動画の内容が社会通念上受忍すべき限度を超えて原告を侮辱するものであることは、明らか」として、本件逮捕動画を原告に無断でYouTubeに投稿して公表する行為は、肖像権を侵害するものとして、不法行為法上違法となる、と判示する。
 いずれも、(2)で確認した基準に基づき、明確な判断が示されており、肖像権侵害の成否をめぐる判断として参照価値が大きいものと思われる。