「キャッシュカード詐欺盗」による被害と金融機関の補填の判断
東京地判令和3.2.19金判1618号37頁・金法2178号92頁・判時2537号16頁
評釈として、①吉岡伸一・銀行法務21№884号12頁・②水田直希・金融法務事情2174号26頁がある。
1.事案の概要
X(当時87歳の女性)は、自称警察官Cから、偽造されたXのキャッシュカードを用いて現金が引き出されたため、カードを調べる必要があるとする問いかけに応じ、電話で自己名義の3つの金融機関の預金口座の口座番号および暗証番号等を知らせた。その上、自宅に訪問してきた自称警察官Dから、玄関先で白い封筒を差し出され、これにカードを封入したところ、Dから封筒に押印を求められ、カードの入った封筒を置いたまま居間に印鑑を取りに行き、その間にポイントカードの入った封筒にすり替えられ、Xの3つの口座のキャッシュカードが盗取された。その後、何者かによって、これらのキャッシユカードを使用した口座からの預金の払戻しがされた。
Xは、各口座開設金融機関に、「偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律」(以下「預金者保護法」と略称)5条2項に基づく補填の請求をしたところ、3つのうち2つの銀行は補填に応じた。しかし、信用金庫Yは応じなかったので、盗取のキャッシュカードを用いて行われた預貯金払戻しの額200万0756円の4分の3に相当する金額である150万0567円の支払いを求めて訴えを提起した。Yは、これに対し、Xの「重大な過失」により行われた預金の払戻しであるとしてその支払いを拒否した。
2.判決要旨
本判決は、次の事由により、Xの「重大な過失」により行われた預金の払戻しであるとして、Xの補填請求を棄却した。
(1) 「重大な過失」とは、預貯金者において、真正カード等の管理、暗証番号の管理等に関し、通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、自らの預貯金等契約に係る預貯金口座から機械式預貯金払戻しが行われる結果をたやすく予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、故意と同視し得る著しい注意欠如の状態をいうものと解される。
(2) ア Xは、わずかの注意さえすれば、警察官をかたるCに対して本件Yカードの暗証番号を知らせた場合、C又はその関係者によって、当該暗証番号及び別途入手した本件Yカード又はその偽造カード等を用いるなどして、本件Y口座から機械式預貯金払戻しが行われる結果となることをたやすく予見することができたのに、漫然これを見過ごし、Cから聞かされた偽造キャッシュカードによりXの預金が引き出されたとの事実についてYに対して事実関係の確認をするなどの措置を採ることなく、Cに対して当該暗証番号を知らせるという行為を行ったというべきである。
イ Xは、わずかの注意さえすれば、Dの居る自宅玄関先に本件Yカードの入った封筒を置いたまま自宅居室に赴いた場合、Dによって本件Yカードを盗取された上、D又はその関係者によって、本件Yカード及び別途入手した暗証番号を用いるなどして、本件Y口座から機械式預貯金払戻しが行われる結果となることをたやすく予見することができたのに、漫然これを見過ごし、Dを一旦自宅から退去させる、自宅居室に赴く際に本件Yカードの入った封筒も携行するなどの措置を採ることなく、Dの居る自宅玄関先に本件Yカードの入った封筒を置いたまま自宅居室に赴くという行為を行ったというべきである。
ウ そうすると、前記ア及びイの各行為を行ったXには、わずかの注意さえすれば、本件Yカードに係る本件Y口座からの機械式預貯金払戻し(本件払戻し)が行われる結果をたやすく予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、故意と同視し得る著しい注意欠如の状態、すなわち「重大な過失」が認められる。
(3) Xは、衆議院財務金融委員会の審議からすると、法は、高齢等により判断能力の低下した預貯金者が巧妙な詐欺的手段を用いて第三者に暗証番号を知らせた場合には、「重大な過失」を否定することを予定していると考えられる旨主張する。
そこで検討すると、法の立法過程における議論等に加えて、法の規定の内容等を通覧しても、法が、高齢等により判断能力の低下した預貯金者が巧妙な詐欺的手段を用いられて第三者に暗証番号を知らせた場合には、「重大な過失」を否定することを予定しているものと解すべき的確な根拠は見当たらない。
3.本判決のチェックポイント
(1) 預金者保護法による不正払戻しの補填
預金者保護法は、偽造カードまたは盗難カード等を用いて行われる預金の不正払戻しによる被害が多数発生していることにかんがみ、これらの不正払戻しから預金者を保護することを目的として、2006年2月から施行された法律である。
同法5条は、盗難カードを用いて行われた預金の払戻しについて、預金者は預金契約を締結している金融機関に対して、不正払戻しの額に相当する金額の補填を求めることができるものとし(同条1項)、当該不正払戻しについて、当該金融機関が善意でかつ過失がないことおよび預金者の過失によりなされたものであることを証明した場合は、その補填金額は、不正払戻額の4分の3とし、預金者の「重大な過失」による場合は、故意の場合と同様、補填を要しないものとする(同条2項)。
本判決は、預金者Xが金融機関Yに対して、盗取されたキャッシュカードによる不正払戻額の4分の3相当額の補填を求めたところ、Xに「重大な過失」があったとして、補填を要しないこととされたものである。
(2) 「重大な過失」の判断
「重大な過失」については、失火責任法の事件である最三小判昭32.7.9民集11巻7号1203頁で、最高裁の見解が明らかにされている。これによれば、「通常人に要求される程度の相当な注意をしないでも、わずかの注意さえすれば、たやすく違法有害な結果を予見することができた場合であるのに、漫然これを見すごしたような、ほとんど故意に近い著しい注意欠如の状態を指す」とする。「重大な過失」の判断基準として、広く支持されている考え方である。
これに対して、預金者保護法5条の補填請求は、これとは別次元の法定請求権であり、必ずしもこれに従う必要はないとも言われている[②水田31頁参照]。しかし、本判決は、真正カードの管理と暗証番号の管理においてて、預金者が、わずかの注意さえすれば、不正払戻しが行われる結果をたやすく予見することができた場合であるのに、漫然これを見過ごしたような、故意と同視し得る著しい注意欠如の状態を「重大な過失」と解し、抽象的法律判断としては判例の一般基準に従うものである。その上で、この適用として、本判決で認定された事実に即し、「重大な過失」を肯定するものである。
なお、全国銀行協会で、預金者保護法の施行に先立ち、2005年10月6日「偽造・盗難キャッシュカードに関する預金者保護の申し合わせ」を公表し、そこで、「重大な過失」となりうる場合について、「故意」と同視しうる程度に注意義務に著しく違反する場合と説明され、①本人が他人に暗証を知らせた場合、②本人が暗証をキャッシュカード上に書き記していた場合、③本人が他人にキャッシュカードを渡した場合などを典型事例にあげる。
金融機関の補填の実務は、この申し合わせに基づき行われているが、本判決も、「重大な過失」に関する初めての公式先例として、これに具体例を加えるものであり、その意義は大きいものと思われる。
(3) 特殊詐欺被害と高齢預金者保護の視点
「キャッシュカード詐欺盗」は、警察行政では、いわゆる「特殊詐欺」に分類されているが、キャッシュカードの盗取の事例として取り扱われている。そのため、預金者保護法5条の適用が問題になり、金融機関の補填にあたって、預金者の重過失が問題になる。この場合には、金融機関が無過失であることが要求される。金融機関に過失があれば、預金者に重過失があっても、補填が認められるのである。
金融機関の無過失判断は、「機械払システムの設置管理の全体について、可能な限度で無権限者による払戻しを排除し得るよう注意義務を尽くしていた」(最三小判平成15.4.8民集57巻4号337頁)かどうかであり、金融機関の犯罪予防対策や高齢者保護の対策等も考慮する必要がないか問題になる。本判決では、プラスチックカードと暗証番号による預金者の認証だけで、ATMからの預金払戻しを認めるという方法がとられ、これを当然のこととし、金融機関の犯罪予防対策等が、金融機関の無過失判断において考慮されているわけではない。
一般の電子商取引の本人の認証においては、生体認証、二段階認証など高度な本人確認方法が一般化してきている最近の状況を見ると、果たして、金融機関の犯罪予防対策等を問題にしない本判決の判断が、今後も維持できるかどうかは、なんとも言えないのではなかろうか。