夫婦は同一姓を名乗らなければならないか?
1.婚姻による「夫の姓」の使用強制
今の時代、「男女平等」は当たり前の価値観であるが、隠れた「男女不平等」は意外と身近に存在する。その一つが、婚姻により、女性が男性の姓への変更を強制されることである。
もちろん、民法・戸籍法のもとでは、変更が強制されるわけではない。夫または妻の姓いずれかを夫婦の姓として選択すればよく、形式的には男女平等である。しかし、多くの場合、夫の姓が選択される。厚生労働省「人口動態統計」によれば、2022年度、総数504,930組の届出のうち、約95%が夫の姓を選択した。世間の常識がそうさせているのであれば、事実上の強制である。
もちろん、「結婚したい理由」として「好きな人と同じ名字・姓にしたい」と考える女性いるだろう。しかし、「積極的に結婚したいと思わない理由」として「名字・姓が変わるのが嫌・面倒だから」と回答する女性の割合がこれをはるかに上回るという状況(2021年内閣府調査)は、事実上の強制を裏付けることになるように思う。
2.「夫婦同氏」制度は憲法違反か
この問題について、2015年、2021年に、大法廷において最高裁としての見解が示され、2022年の第三小法廷決定が続いている。いずれも、結論として、夫婦同氏を定める民法750条は憲法違反ではないとする。
ただし、その後も「別姓訴訟を支える会」などによる憲法訴訟が継続しており、今後の最高裁の判断が変わることも相当な確率で考えられないわけではない。
いずれにしても、最高裁は、夫婦同氏を合憲とする理由の一つに、旧姓を通称として使用することで、女性の不利益は一定程度緩和されることをあげる。
最大判平成27.12.16民集69巻8号2586頁
*裁判官山浦善樹の反対意見、裁判官寺田逸郎の補足意見、裁判官櫻井龍子・岡部喜代子・鬼丸かおる・木内道祥の意見がある。
最大決令和3.6.23判タ1488号94頁
*裁判官宮崎裕子・宇賀克也・草野耕一の反対意見、裁判官深山卓也・岡村和美・長嶺安政の補足意見、裁判官三浦守の意見がある。
果たしてそうなのか。
確かに、2019年11月から住民票、マイナンバーカード等への旧氏の併記、同年12月には運転免許証、2021年3月にはパスポート(旅券)、2024年4月には所有権の登記名義人の氏名への旧氏併記が開始され、各種国家資格、免許等も、そのほとんどが旧氏併記を認め、民間企業も、1,000人以上のところでは、「旧姓使用を認めている」と「条件付きで旧姓使用を認めている」の合計が74.6%を占めるに至っている(2017年3月内閣府男女共同参画局「旧姓使用の現状と課題に関する調査報告書」)。
婚姻によって姓を変えることになる女性の不利益を解消する措置がいたるところで実施されているが、これに対して、上記大法廷判決の少数意見に、次の指摘があることに留意しなければならない。
令和3年大法廷判決の三浦守判事の意見
令和3年大法廷決定の宮崎裕子・宇賀克也判事の反対意見
これらを読むと、旧姓の通称使用は、あくまでも便法に過ぎず、必ずしも夫婦同氏制による女性の不利益を解決するものではないように思われる。
3.「選択的夫婦別氏制度」の容認へ
1996年に次の内容の「選択式夫婦別氏制度」が提案されている。
民法の改正を意図してとりまとめられた提案であり、これを受け、国会に民法改正案が提出される直前まで手続きが進められたが、当時の政権与党の強い反対にあい、未だ実現していない。
法務省Websiteに、「選択的夫婦別氏制度(いわゆる選択的夫婦別姓制度)について」という詳しい解説がある。
http://www.moj.go.jp/MINJI/minji36.html
選択的夫婦別氏制度は、夫婦がそれを望めば、結婚後も夫婦がそれぞれの結婚前の氏を称することができる。どうするかそれぞれの夫婦が決めればよいという制度である。これにより、「夫婦同氏」訴訟で問題になったことの多くが解消するのは疑いのないところであろう。
問題が起こるたびに話題になる民法の大きな課題の1つである。
反対の立場からは、子供の姓が父または母の姓と異なることとなり、一体感ある家庭や家族制度を危うくしてしまう、などと言われている。
しかし、最近の世論調査によれば、「法律を改正しても構わない」とする意見は徐々に増加してきている。とくに女性が婚姻届出によって姓を変えたくないとして、届出をしないというのであれば、本末転倒であろう。
令和3年度実施「家族の法制に関する世論調査」
https://survey.gov-online.go.jp/r03/r03-kazoku/