「ひととき融資」は公序良俗違反
東京簡判令和4.6.29金法2199号101頁
1.裁判の概要
令和3年12月、Y女は、カードの未払等があったので、ツィッターに、自分はお金に困っている旨を投稿、これを見たX男(医師)は、Yに対してダイレクトメッセージを送って融資を申し出た。
XはYに対して、以下の条件で30万円を貸し渡し、Yはこれを受領した。
ア 金利(利息)の定め 年0.001%
イ 返済の方法と時期
月2万円から3万円
令和5年12月までに完済予定
ウ 契約の付随内容
完済までは月に数回会ってデートする約束。
(性的行為を含む旨の説明がされている。)
約束どおり履行されないときは、金利が上がることを了解する。
その後、Yは、X勤務の病院において性病検査を受ける予定であったが、前日から高熱が続いて行けなくなった。これをきっかけに、Xは、Yに本件貸金の返済を督促するようになった。
令和4年1月、Xの申立てによる支払督促が発付されたが、Yから異議申立がされ、これにより事件は、東京簡易裁判所において通常の訴訟手続で審理されることになった(民事訴訟法395条参照)。
本件貸金契約は公序良俗に違反するかどうかが争点になったが、東京簡易裁判所は、XのYに対する貸金契約は、次の理由により、公序良俗に反し無効として、Xの請求を棄却した。
2.判決理由
(1) 貸金契約の目的
・・・・・・、「月に数回会ってデートをする約束」 は、実質的にみれば、本件貸金元本の使用の対価である利息として合意がされていたと評価するのが当事者の意思に沿うものと認められる。 そして、当初の金利(利息)が低額に抑えられていたこととの関連でYに役務を課していることからすれば、「月に数回会ってデートをする約束」は利息の大部分に相当するものと認められる。Xが、当初から、この行為をYに求めることを意図して本件契約を締結したことは明らかに認められる。
そうすると、利息の大部分に相当するとみられる「月に数回会ってデートをする」内容は、XのYに対する説明及び実際にXが求めた行為は(性的行為をすること)であるから、性道徳に反するものとして公序良俗に反する内容である。
したがって、 本件貸金契約の目的は公序良俗に反している。
(2) 利息契約の内容
ア 借用書によれば、利息は年0.001%であり、Yにおいて約束どおりの履行が行われない場合は金利が上がることも定められている。Xは、利子を極低金利にする意味もなくなったため、Yとの口論の中で利子を上げ、利子を100%にしたい旨をLINEの会話でYに宣言したと主張している。そして、Xは、支払督促申立書においては貸金元金60万円を請求する旨の主張をしていたが、督促異議後の口頭弁論において、貸金元金を30万円に減縮しこれに対する利息30万円を追加するとして訴えの変更をしたから、LINEの会話で宣言したとおり、 元金に対する100%の利息を請求したことになる。
そうすると、上記(1)で認定したとおり、「月に数回会ってデートをする」ことが利息の大部分を占めていることが認められ、そして、その履行がされなかったときは、Xの意思として、元本と同額の30万円を請求する意思を有していたことが認められることから、本件利息契約は、性道徳に反するものとして公序良俗違反である。
イ さらに、Xは、支払督促申立書において、本件契約締結日を令和3年12月21日、返済期日を12月31日と主張しており、元金30万円に対する11日分の利息として30万円を請求していることから、 本件によるXの貸金債権の金利は年利3318%である。(なお出資の受入れ、預り金及び金利等の取締りに関する法律(以下「出資法」という。)5条1項適用の前提となる貸付期間が15日未満のときは15日として計算される (出資法5条の4第1項)ことから、この場合の金利は年利2433%である。)。
そうすると、貸金元金30万円について年1割8分を超えた利息は無効とする旨を定めた利息制限法1条2号に大幅に抵触するだけでなく、貸付金に対して年109.5%を超える割合による利息の支払を要求した者は5年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処せられる旨を定めた出資法5条1項にも大幅に抵触しており、極めて違法性が高い。
(3) 本契約の本質的要素と見られること
性道徳に反するものとして公序良俗に反すると判断した前記貸金契約の目的及び利息の内容は、本件契約においては核心的内容であって本質的要素であるとみられる。
3.本判決のチェックポイント
(1) 公序良俗違反を認めた判例
民法90条は、公序良俗に反する法律行為を無効とする。
社会的妥当性を欠く法律行為は、いかに契約自由を前提としても許されないことを意味するものであるが、何が公序良俗違反に該当するかは、解釈に委ねられている。
そこで、公序良俗違反について、①人倫に反するもの(家族秩序・性道徳に反する行為など)、②個人の自由を過度に制限するもの、③他人の無思慮急迫に乗じて不当の利を博するもの(暴利行為など)、④射倖性の著しく高いもの(賭博契約など)、⑤違法性の高い商品や禁制品の取引(麻薬取引など)、⑥正義・道義の観念に反するものや、悪事を慫慂するもの(殺人・窃盗の依頼など)、⑦その他、営業の自由の制限や男女差別、消費者保護などの経済秩序に関する法令違反や個人の人格・権利・自由の保護にかかるもの等が該当すると考えるのが、伝統的類型論である。
②に該当する有名な判例として、最二小判昭30・10・7民集9・11・1616がある。
これは、娘Aの酌婦稼働による報酬を弁済に充てることを約し、父親Y1が消費貸借名義で金員を受領し、第三者Y2が連帯保証をした事案について、「Aは未成年の、しかも漸く16歳に達しようとするに過ぎないものであるに拘らずY1の借金の弁済済みとなるに至るまで相当長期に亘つて前記料理屋業を営むX方に住込んで酌婦稼働を強ひられることとなるから年少女子のAとしては過度にその自由を拘束されるものと云うべきであり、公序良俗に反するのでAとの上叙酌婦稼働契約いは無効と云はなければならない」とする原審の判断を肯定し、さらに、「Y1は、その娘Aに酌婦稼業をさせる対価として、Xから消費貸借名義で前借金を受領したものであり、XもAの酌婦としての稼働の結果を目当てとし、これあるがゆえにこそ前記金員を貸与したものということができるのである。しからばY1の右金員受領とAの酌婦としての稼働とは、密接に関連して互に不可分の関係にあるものと認められるから、本件において契約の一部たる稼働契約の無効は、ひいて契約全部の無効を来すものと解するを相当とする」と判示する。
本判決は、酌婦稼働契約について、「年少女子のAとしては過度にその自由を拘束される」もものであることから、公序良俗違反とし、そして、Y1の金銭消費貸借契約・Y2の連帯保証契約も、これと「密接に関連して互に不可分の関係にある」ので、無効としたものである。
(2) 本判決の立場
本件のような、いわゆる「ひととき融資」をめぐる逮捕者の報道は、最近よく見かけるが、民事事件として、裁判所が判断した事例はそれほど公表されていない。
このような中、本判決は、貸金契約の目的および利息の内容である「デート特約」は、性道徳に反するものとし、これが本件契約においては核心的内容であり本質的要素であることを考慮して、本件契約を公序良俗に反し無効とするもので、(1)の類型論(①に該当)の枠内での判断がされたものと思われる。
(3) 「デート特約」の法的性質
本判決は、「デート特約」、すなわち「月に数回会ってデートをする」ことが、利息の大部分を占めているとし、その履行がないときは、Xは元本と同額の30万円を請求する意思を有していた、とする。
しかし、利息は、「元本債権の所得として、元本額と存続期間とに比例して一定の利率により支払われる金銭その他の代替物」(有斐閣 法律学小辞典 第5版)をいうものとされており、「デート特約」はいかなる意味でも利息には該当しない。
そこで、「デート特約」を貸金契約に付随または一体となった役務提供契約と構成し、「デート特約」の不履行時の30万円の請求権は、債務不履行にかかる損害賠償請求権と位置づける見解がある(本判決掲載誌の無署名コメント)。
これによったとき、この役務提供契約が公序良俗違反として無効とされるので、債務不履行も成り立たないが、当初の貸金契約はこのままでは有効とされ、特別の問題はないとして存続することも考えられる。ただし、この場合には、(1)の最高裁判例のように、密接不可分なものとして無効と解する余地はあろう。
(4) 本判決の意義
本判決は簡裁事件であり、弁護士代理人がつかない本人訴訟であっただけに、原被告間で、法理論面ではそれほど深められていないのではないかと思われる。しかし、判決の内容は、一般的な正義観念に基づく妥当なものと見て差し支えないものと思われる。今後、この種事件の取扱いにおける先例として参照されることになろう。