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「LGBT理解増進法」と実務対応

 23年6月23日に公布・施行された法律で、正式名称は、「性的指向及びジェンダーアイデンティティの多様性に関する国民の理解の増進に関する法律」である。いわゆる「SOGI」について、初めて法的な存在として位置づけた点での意義は認められるものの、理念が先行し(「理念法」といわれている)、国・自治体や企業等の取組みは、努力義務が定められるのみで、実務面での影響はそれほどのものではない。
 しかし、企業等は、何もしなくてもよいという意味ではない。
 取組みあたってのヒントとして、金融機関の実務対応を中心に検討した論考(杉坂春奈「LGBT理解増進法の概要と金融機関の実務対応」金融法務事情2233号26頁・論考①)、また、本法を批判的に検討した論考(龔敏「いわゆる「LGBT理解増進法」の解説・検討」ジュリスト1595号76頁・論考②)が、相次いで公表されており、コンプライアンス態勢の充実を図る担当者にとっては参考にしてよいものと思う。
 論考①は、この問題に関する基本的な認識(2020年1月厚労省「パワハラ防止指針」など)を基礎に、本法の概要とこれに基づく金融機関の実務対応、そしてこれらに加え、トランスジェンダーの経産省職員に対するトイレ使用制限を違法とする第三小法廷判決(最三小判令和5.7.11民集77巻5号1171頁)と性同一性障害特例法違憲大法廷決定(最大決令和5.10.25民集77巻7号1792頁)等の影響を踏まえ、金融機関の課題を検討するものである。論者の提案する実務対応はよく考えられたものと思う。
 これに対し、論考②は、本法が、性自認および性的指向をめぐる法的利益の尊重という観点から、2023年の最高裁の判決・決定の域に達していないことを批判する一方で、本法の意義をも考察するものである。本法の成立過程のゴタゴタを顧みれば、論者の批判はもっともなところがある。[ただし、本法が「SOGI」の理解増進に寄与するものであるか、とする根本的な観点からの批判のあることにも留意する必要がある(例えば、鈴木賢「LGBT理解増進法の何が問題なのか」法学セミナー824条54頁)参照]
 ここで、金融機関のコンプライアンスを考えるに当たって重要なのは、論考①で言及された、「金融機関は高度なコンプライアンスや高い倫理観が求められる業種」であることから、「『古い企業体質』との烙印を押されないよう、形式的な制度の整備にとどまることなく、中身の濃い実質的な対応を先駆けて行うことが望ましい」との指摘である。
 この指摘にどう応えるかが問題になるが、これについては論考②が参考になろう。論考②では、性自認に基づく人格権の重大さ、性的少数者と多数者の対立構造に立脚した前提に立つべきではないこと等が強調されており、困難な問題ではあるが、これらを考慮したものであれば、完璧とはいえないまでも、差し当たり適切と考えられるのではないか。