「職業的専門家」の依頼者以外の第三者に対する不法行為責任(司法書士の場合)
最二小判令和2.3.6民集74巻3号149頁
1.事件のあらまし
(1) 事案の概要
所有名義人Aの土地について、Aを売主・Bを買主とする「第1売買契約」、次いで、Bを売主・Xを買主とする「第2売買契約」、さらに、Xを売主・Cを買主とする「第3売買契約」が順次締結され、AからBへの所有権移転登記(以下「前件登記」という。)の申請(以下「前件申請」という。)、Bから中間省略登記の方法によるCへの所有権移転登記(以下「後件登記」という。)の申請(以下「後件申請」という。)が、前件申請との連件申請によりなされたが,前件申請について「Aに成りすました者」が売主として関与したことが判明したので却下され、これに伴い後件申請も取り下げることになった。
司法書士Yは、B・Cから後件申請の委任を受けたものであるが、Xから、前件申請がその申請人となるべき者による申請であるか否かの調査等をしなかった注意義務違反があるとして、Yに対し、不法行為に基づく損害賠償を請求した。
(2) 裁判の経緯
第一審(東京地判平成29.11.14金判1603号27頁)は、Yには注意義務違反はないとしてXの請求を棄却、第二審(東京高判平成30.9.19金判1603号21頁)は、後件申請の委任を受けたYは、後件登記の実現に重大な利害を有するXに対し、前件申請がその申請人となるべき者による申請であるか否かについて更に調査し、その結果を踏まえて、後件申請が実現されない危険があること等を警告し、後件登記に係る取引の代金決済の中止等を勧告すべき注意義務を負っていたということができ、Yは上記注意義務を怠ったものとして、Xに対し、不法行為責任を負うとした。これに対して、Yが上告、上告審は次の理由で原審判決を破棄して原審に差し戻した。
2.判決理由
(1) 司法書士の委任者以外の第三者に対する義務
「司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと、登記申請の委任を受けた司法書士は、委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは、当該第三者に対しても、……適切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。」
「これらの義務の存否、あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても、上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが、特に、疑いの程度や、当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該第三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等の関与の有無及び態様等をも十分に検討し、これら諸般の事情を総合考慮して,当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判断するのが相当である。」
(2) 本件事案の司法書士Yの場合
「……Yが、前件申請及び後件申請に用いるべき書面の確認等が予定されている会合に出席し、Aの印鑑証明書として提示された2通の書面に記載された生年に食違いがあること等の問題点を認識していたとしても、次の①~④など判示の事情の下では、Xとの関係においてYに正当に期待されていた役割の内容や関与の程度等について十分に審理することなく,直ちにYに上記注意義務違反があるとした原審の判断には、違法がある。
① Yが後件申請の委任を受けた当時、上記各売買契約並びに前件申請及び後件申請に係る各登記の内容等は既に決定されていた。
② Yは、前件申請が申請人となるべき者による申請であるか否かについての調査等をする具体的な委任は受けていなかった。
③ 前件申請については弁護士が委任を受けており、上記委任に係る委任状には、委任者であるAが人違いでないことを証明させた旨の公証人による認証が付されていた。
④ Xは不動産業者であり、Xの代表者は、Xの依頼した不動産仲介業者等と共に上記会合に出席し、これらの者と共に上記問題点等を確認していた。」
3.本判決のチェックポイント
(1) 上告審判決が原審と相違する箇所
本件で損害賠償請求を受けた司法書士Yは、連件申請で行われた2つの所有権移転登記のうち、後件申請の受任したものであるが、前件申請が売主の成りすましにより却下され、そのため後件申請も取り下げざるを得ないことになった。そのため、中間省略登記である後件登記の中間者Xが、前件申請について、Yが本人確認等をしなかった注意義務違反を理由に損害賠償請求をしたものである。
原審判決は、Yの不法行為責任を肯定し、上告審はこれを否定するもので、相反する結果になったが、いかなる理由付けによりこの結果が導かれたかを読み取ることが重要である。
XとYとの間に、委任契約があれば、受任者であるYの善管注意義務等の違反が問題にされることになるが、両者にそのような契約関係はないので、XはYの不法行為責任のみを問題にせざるを得なかった。不法行為責任の成否については、Yの過失の有無がさしあたりの問題になる。
これについて、原審では、司法書士に求められる専門性および使命を根拠にして、Yは、「前の登記の申請の却下事由その他申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が明らかになった場合には、前の登記の申請に関する事項も含めて更に調査を行い、登記申請の委任者のみでなく後の登記の実現に重大な利害を有する者に対し、上記事由についての調査結果の説明、当該登記に係る取引の代金決済の中止等の勧告、勧告に応じない場合の辞任の可能性の告知等をすべき注意義務を負っている」と判断する。そして、本件の事実関係のもとでは、「前の登記の申請の却下事由その他申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が明らかになった場合」に当たると認定して、改めて前件申請の本人確認をしなければならないこととする。司法書士の果たす社会的な役割とその期待に応えることを考慮すれば、理解できないではないが、連件申請の後件申請を受任したY司法書士には、酷であるように思われる。
これに対して上告審である本判決は、Yは、「委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているとき」には、注意喚起その他適切な措置をとるべき義務を負うとし、義務を負うべき範囲を限定する。
そして、本件では、判決理由(2)で判示されたところにより、Yに義務違反はないとする。ここで、判決理由(2)は、連件申請のうち後件申請を受任した司法書士が前件申請の本人確認に関して責任を負うべき範囲を具体的に検討するもので、本判決の射程もその限りに止まるものと思われる。
(2) 職業的専門家の民事責任
本判決の草野耕一裁判官の意見によれば、司法書士について、「職業的専門家」とカテゴライズし、その民事責任について検討する。
これによれば、職業的専門家は、「長年の研さんによって習得した専門的知見を有償で提供することによって生計を営んでいる者」とし、「職業的専門家は社会にとって有用な存在であり、その有用性は社会の複雑化と社会生活を営む上で必要とされる情報の高度化が進むほど高まる」として、その社会的役割を前提とするものである点に特徴がある。
そして、このような考え方に基づき、「専門的知見を依頼者以外の者に対して提供することを怠ったことを理由として職業的専門家が法的責任を負うことは特段の事情がない限り否定されてしかるべきである」として、①法的には依頼者でないにもかかわらず職業的専門家から知見の提供を受け得ると真摯に期待している者がいる、②その者がそのような期待を抱くことに正当事由が認められる、③その者に対して職業的専門家が知見を提供することに対して真の依頼者(もしいれば)が明示的または黙示的に同意を同意を与えている、などに限定して、職業的専門家の法的責任を認めることとする。
本件事案では、おそらく①~③のいずれにも該当しないとして、Yの責任を否定することになろうが、この考え方は、弁護士・公認会計士などの法的責任が問題になる場合に参考にしてよいものと思われる。