【超短編小説.3本目】一応
「一応…一応書いとくだけ。」そう自分に言い聞かせながら、「オシャレなカフェで水分補給する奴。」とメモ欄に書いた。
芸人の夢を諦めてから、3年が経とうとしていた。自分が面白くないということを証明するためだけに費やした15年間は、無駄以外の何物でもない。諦めてよかったのだ。俺の人生は、これで良いのだ。そう自分に言い聞かせていたのに…。
娘が、俺の手をギュッと握ってきた。
「パパ?どうしたの?」
眉間に皺を寄せてスマホを見ていた俺に、娘が尋ねる。
「あぁ、いや、何にもないよ。」
そう言って、スマホの電源を切った。そうだ、俺の人生は、もう俺だけのものではない。夢を諦めて何が悪いのか。でも、考えてしまうのだ。もし、もう少し続けていたら…。
それから、15年が経ち、娘は立派な大人になった。
「お父さん…私…お笑い芸人になりたいんだ…。」
「は?」
「え?ダメ?」
「ダメだろ。お笑い芸人なんて、辛いだけだぞ。」
「お父さんは、後悔してるの?お笑い芸人を目指したこと。」
「……。」
俺は…後悔しているのだろうか…。
「うちの店で水分補給しないでもらっていいですか?」
「え?」
「そういう店じゃ無いんで。」
客席から、笑い声が聞こえてくる。暗転して、舞台袖に戻った娘は、嬉しそうに笑う。
「意外とウケたね。」
「まあ、悪くなかったんじゃないか?」
娘と一緒に舞台に立つことになるとは思わなかった。俺の夢はまだ一応続いている。