【超短編小説.9本目】一口
「あの…一口貰っても良いですか?」
「え?」
一瞬、聞き間違えかと思った。
「あ、こういうの嫌でしたか?」
男は、恥ずかしそうに笑う。
「いや……結婚の挨拶をしに来た奴に一口ねだられるとは思ってなかったよ。」
そう言って、私は自分を落ち着けるために、とりあえずお茶を一口啜った。
「あ、で、結局、どっちですか?」
「は?」
「そのハンバーグ、一口貰えたりしますか?」
「貰えるわけないだろ!」
私は思わず声を荒げた。
「お父さん、落ち着いて。お店の中だから。」
と隣に座っていた妻に言われる。
「落ち着けるわけないだろ!なんだ『一口貰っても良いですか?』って!『娘さんを僕にください』って言いにきた奴に、なんで一口貰われないといけないんだ!なんで、娘だけじゃなく、一口まで貰われないといけないんだ!」
「すみません…。」
男は頭を下げる。
「別に良いじゃん、一口くらい。」
と、男の隣に座っていた娘の由紀が口を尖らせる。
「お父さん、昔からケチなんだよ。」
「そういう問題じゃないだろ!常識的に考えて、おかしいって言ってるんだ!」
「一口くらい別に良いじゃん。」
「一口取られることに対して怒ってるんじゃないんだよ!初対面の彼女の父親に、一口要求するという常識の無さに怒ってるんだ!」
「飲食店なんで、あんまデカい声出さない方が良いかもです。」
と男が俺を宥めてきた。こいつの顔面に今すぐ拳をぶち込みたい衝動に駆られた。
「で、娘さんは、貰っても大丈夫ですか?」
畳み掛けるように、男がそう言ってきた。俺はとりあえず、ハンバーグの横にあったナイフを手に取った。
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