【超短編小説.13本目】一日警察署長

 レジ袋を片手にぶら下げて、いつものように自宅に向かっていると、後ろから声をかけられた。
「あの…。」
振り返ると、白髪のおじさんだった。
「はい?」
「私、警察署長をやっているものなんですが…。一日警察署長、やってみませんか…?」
「は?」
全く意味がわからない。
「え、一日警察署長ですか…?」
「はい、お願いしたいな…と思いまして。」
そう言って、おじさんは深々と頭を下げてきた。
「いやいや、なんで私なんですか…?普通芸能人とかでしょ…?」
「警察官というものを、より身近に感じて欲しいんですよ。」
「意味わかんないですって。別に私じゃなくても良く無いですか?え、誰でもよかったってことですか?」
「そんな殺人鬼みたいな動機じゃないですよ。あなたを見かけた時にピンっときたんです!この人だって!」
「なんでですか?私40歳の主婦ですよ?」
「だから良いんじゃないですか…!ごくごく普通の40歳の主婦…!まさしく市民の代表に相応しい!」
「そんなわけないでしょ。市民もビックリでしょ。『なんで全然知らないババァに私たちの生活を守られなきゃならねぇんだ…!』ってなりますよ。」
「なりませんって!お願いします!キッチリと謝礼はお支払いしますから!」
「いや、別に他の人でも良いでしょ!」
「いやいや、こんなにも普通の主婦居ないですって!こんなに目立たない主婦、なかなか見ないですもん。」
「すごい失礼なこと言ってるの気づいてますか…?とにかく、私は一日警察署長なんてしませんから!失礼します!」
私は、足早に立ち去った。これまで目立たないように息を潜めて生きてきたのに、一日警察署長なんてできる筈がない。「私、警察署長をやっているものなんですが…。」と話しかけられた時、「終わった…」と思った。指名手配犯が一日警察署長なんて、できる筈がないのだ。ポケットの中のハンカチを取り出し、冷や汗を拭った。

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