【超短編小説】レンコン
もうすぐ、16時になろうとしている。あと少しで家に帰れる。仕事終わりにプリンでも買おうかな…などと考えながら商品の陳列をしていると、40歳くらいの女性に声をかけられた。
「あの、すみません。」
「はい。如何なさいましたか?」
「この前この店で買った商品に、穴が開いてたんですけど。」
「え、ほんとですか?大変失礼致しました。」
「はい、この前この店で買ったレンコンに、穴が空いてたんです…。」
「レンコン?」
「はい、この前この店で買ったレンコン、穴開いてたんですけど。」
「レンコンですか?」
「はい。レンコンです。」
この人は、何を言っているんだ。
「あの…お客様、レンコンはですね…その…デフォルトで、穴が開いている商品となっておりまして…」
「え、ダメージジーンズみたいなことですか?」
「あ、違います。全然違いますけど。レンコンは穴が開いてるもんなんですよ。」
「それはちょっと無理あるんじゃないですかね?」
「無理ありますか?え、今までレンコン見たことない感じですか?」
「ありますよ。」
「え、これまで見てきたレンコンも穴開いてましたよね。」
「え、あれ全部くり抜いてるんじゃないんですか?」
「はい?」
「水玉模様みたいな感じで、料理人が手作業で穴開けてるんじゃないんですか?」
「違いますよ。え、今まであれ料理人の遊び心だと思ってたんですか?」
「え、じゃあレンコンの穴は誰の遊び心なんですか?」
「誰の遊び心でもないですよ。強いて言うなら神様の遊び心です。」
「え、じゃあ、弁当とかに入ってる星形の穴が開いた人参とかも神様の遊び心ですか?」
「あ、違います。あれはオカンの遊び心ですね。」
「とにかく、私はダメージレンコンじゃなくて普通のレンコンが欲しいんですけど。」
「ダメージレンコンってなんですか?穴の開いたレンコンは普通のレンコンですから。」
段々と俺も腹が立ってきた。
「もう、いい加減にしてください。警察呼びますよ。」
「そんなに怒んなくてもいいじゃないですか!うっ…うぅ…。」
その女性は、突然顔を覆って泣き始めた。泣かせるつもりはなかったので、流石に慌てる。
「いや…その…泣かないでくださいよ…。」
周りのお客さんも変な目でこっちを見ている。最悪だ。
「言い過ぎました…すみません。警察は呼びませんから、安心してください。」
「もう…心にポッカリと穴が開いちゃいましたよ。ダメージレンコンみたいにね。」
そう言って、女性はケロッとした顔に戻った。どうやら、嘘泣きだったようだ…。
「別にうまくねぇよ。」
とだけ言い捨てて、速攻で帰宅した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?