【超短編小説】ラップ
「女性と二人で食事をするのはダメでしょ。」
「いや、別に浮気とかじゃ無いって。あるだろ、流れで部下と飯に行くことくらい。」
「ないでしょ。てか、あっちゃダメなのよそんなこと。」
また父と母が喧嘩を始めた。我が家ではよくあることだ…そして、我が家では喧嘩を決着させる手段が決められている。
「ハイハイ、二人とも、やりますよ。」
私は、機材を棚から取り出す。
「そうだな。」
「そうね。」
私がトラックをスタートさせると、バトルスタートだ。ちなみに、曜日が月水金日の場合は父が先攻、火木土の場合は母が先攻となる。今日は火曜日なので、母が先攻だ。
「YO!ありえねぇだろ二人でメシ。下心まみれの考え無し。ゲボ吐きそうだよエロ親父。まず謝罪しろ、ろくでなし!」
母が父に向かって「ゲボ吐きそう」とか「エロ親父」とか言うのは正直聞きたくないのだが、まあ、仕方ない…。後攻は父だ。
「そもそも理解力が足りない。もちろん浮気などありえない。部下の悩み聞かなきゃならない。冤罪だし謝罪も必要ない。」
勝敗の判定は、私が独断で行っている。
「この勝負…母の勝ち!!」
「しゃあオラ!二度と部下に色目使うなよ!」
「…すみませんでした。」
父はしっかりと謝罪した。ラップバトルの勝敗は絶対なのである。
だが、前から気になっていることがある…。それは、私にラップの知識が皆無だという事実に誰も触れないことだ。正直、どっちのラップが上手かったとか、私には全くわからない。だから、私はいつもなんとなく、母の勝ちにしている。しかし、それに対して父は全く文句を言ってこない。なぜなのだろうか…。その日の夜。母が寝た後、私は思い切ってそのことを父に話した。
すると父は「いや、俺が勝ったら丸く収まらないだろ。」と笑った。
「ラップバトルは母さんのストレス発散になればと思ってやってるだけだよ。惚れた嫁の幸せ、それが俺の幸せ。」
そう言って父は照れ臭そうに、ビールを一口飲んだ。
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