【超短編小説】ヲタク

 さっきから、誰かにつけられているような気がする…。
 TSUTAYAからの帰り道、大好きなアニメのフィギュアを右手にぶら下げ、上機嫌で家に帰ろうとしていた俺は、背後から何者かの気配を感じた。後ろを振り返るが、誰も居ない…。もう一度前を向き、歩き始めたその時、パシャリという音がハッキリと後方から聞こえた。

「誰だ!」
住宅街でこんなこと叫ぶのは躊躇すべきかもしれないが、思わず声を上げていた。もちろん、恐怖心もあるが、正直、この状況に少しばかりヲタク心をくすぐられていた。
「ヒッ!」
俺の大声に驚いた声が、電柱の後ろから聞こえてきた。
「あ、すみません。」
電柱の後ろから顔を出したのは、20代くらいの女性だった。俺より少し歳下だろうか…。
「え、その、あの、僕の、僕の写真、と、撮りましたか…?」
女性が出て来ると思わなかったので、ドギマギしてしまう…。
「ごめんなさい。撮ってしまいました…。本当にごめんなさい…。」
「え、なんで撮ったんですか?」
「あ、あの…私、ヲタクなんです。」
「ヲタク…?いや、なんで僕を盗撮したのか、聞いてるんですけど…。」
「いや、だから…ヲタクのヲタクなんです…。」
「ヲタクのヲタク…?」
「はい!ヲタクヲタクなんです。」
ヲタクヲタク…?なんだそれ…聞いたことがない。
「ヲタクが好きなんです。アイドルとか、アニメのキャラクターとかを純粋に推している姿に、キュンキュンするんです。盗撮は良くないと思いつつも…つい撮っちゃいました…ごめんなさい。」
ヲタクが好き…?そんな女性に、俺は初めて出会った。というか、よく見たらこの子…無茶苦茶可愛い…あぁ、神様…俺にチャンスを与えてくださったのですね…。俺は、勇気を振り絞って喉から声を絞り出した…。
「あの…よかったら、この後、お食事とか…?」
「あ、そういうんじゃないです。」
「え?」
「そういうんじゃないです。あくまで私はただのヲタクヲタクなので…本気で恋愛とかは…違うと思うんです。てか、ファンに手を出すタイプのヲタクだったんですね…正直…幻滅しました…。」
「は?」
「さよなら。」
「…。」
フィギュアの入った紙袋を、ギュッと握りしめ、だんだん小さくなる彼女の背中を見つめていた。

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