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SSI(自己主権型アイデンティティ)が拓くweb3世界を妄想する
渡辺隆行(東京女子大学).2023年3月15日
1.個人情報は誰のもの?
web3(本稿ではWeb3ではなく,より普通名詞化された小文字でweb3と表記します)が現れたとき,Web2でGAFAMに支配されていた個人情報を個人の手に取り戻せると注目されました.SNSに書き込んだユーザの情報を所有しているのはSNSを運営する会社で,個人情報を書き込んでいる各ユーザは書き込んだ情報を所有していません.SNS会社はユーザが書き込んだ個人情報を使って広告を打ち,それで利益を上げています.SNS会社が所有するメールアドレスやパスワードなどの個人情報が漏洩する事件も多発しています.web3になれば,そうした個人情報を個人が所有する(own)ことが期待されたのです.
実際にはどのような仕組みで個人情報を個人に取り戻すことになるのでしょうか? 暗号資産用のウォレットを作っただけでは何も変わりません.FacebookやTwitterやInstagramを使い続けていても何も変わりません.個人情報を自分が管理する仕組みを使って,そこで個人情報を認証する方法で各社のサービスを使うやり方に変えなければなりません.
では,どうすれば私は,そして我々の世界はそういう個人情報を自分が管理する世界に移行できるのでしょうか? そこはどのような世界なのでしょうか? この記事ではそういうことを妄想してみたいと思います.
2.個人情報を自分が管理・所有する世界
個人情報を自分が所有する技術仕様
個人情報を自分が所有する仕組み自体は既に提案されていて実装もあります.それが今話題のVC(Verifiable Credential.検証可能な個人情報.卒業証明書や免許証のようなもの),DID(Decentralized Indentity:分散型アイデンティティ.個人を表現する属性・情報の集合),そしてSSI(Self-sovereign Identity:自己主権型アイデンティティ.自分の個人情報は自分が管理する)です.DIDは”Decentralized Identifiers (DIDs) v1.0 -Core architecture, data model, and representations"としてW3Cの勧告になっており,VCも"Verifiable Credentials Data Model v1.1”としてW3Cの勧告になっています.VCの実装としてはBlockcertsがあり,千葉工大の履修証明などでも利用されています.
これらの仕組みはブロックチェーンでなくても実装できますが,ブロックチェーンを使うことで,改ざん不能などの特性を利用することができるようになります.SBTなNFT(Soul Bound Token:譲渡不可能なNFT)と組み合わせることで,ブロックチェーンの世界で視覚的にVCを表現したり所有したりすることもできます.
日本政府も「Trusted Web」という言い方でWebに流れる情報の信頼性を(情報の発信元を信頼しなくても)確保することを目指していて,その中には個人情報の信頼性の検証も含まれています.欧州のGDPR(一般データ保護規制)を遵守するためにも個人情報の管理は企業の大きなテーマになっています.
デジタル・アイデンティティとSSI
何気なく自己主権型アイデンティティという言葉を使いましたが,「自己主権型」とはどのようなアイデンティティなのでしょうか? ここでは崎村夏彦の『デジタル・アイデンティティー 経営者が知らないサイバービジネスの核心』(日経BP)を元に話を進めます.
この本の「2-1 エンティティー、アイデンティティー、クレデンシャル」では,「ある実体に対する属性の集合」としてアイデンティティを定義しています.ある人(実体,エンティティ)の本名や生年月日などが属性の例です.「クレデンシャルとは、エンティティーを認証する際に用いるアイデンティティー情報」とも説明されています.例として,パスワード,署名鍵,指紋などがあげられています.
著者が勤務する大学を始め,現在の多くの組織はサービス利用の認証にLDAPサーバを用いて,複数のサービスがこのLDAPサーバに問い合わせることで,一つのユーザ名とパスワードで複数のサービスを利用できますが,これが「共有アイデンティティ」です.しかし,LDAPサーバを利用するサーバに脆弱性があった場合,すべてのサービスにログインできてしまう問題があります(「2-4-2 共有アイデンティティ」).この問題を解決するために,OpenID Connect等の新しい規格が提案されています.いずれにしてもこれらの方式は1カ所で集中的にアイデンティティを管理して認証を提供しています.
しかしアイデンティティを1カ所で管理する必然性はありません.アイデンティティの属性の部分集合が複数に分割していて,問い合わせる情報ごとにあちこちに問い合わせることも可能です.これは,中央権力に頼らずにアイデンティティ情報を管理し,属性情報を集約して扱うシステムになります.ここで,Decentralized Identifiers (DIDs) と Verifiable Credentials (VC)が主要な要素になるのです.DIDによって,分散型アイデンティティシステムでも一意に認識されるグローバルなIDを提供できます.DIDは誰でも発行できます.VCは,デジタル形式で発行された信頼できる証明書(その信頼性を検証できる)で,アイデンティティ所有者が特定の属性や資格を持っていることを証明するために使用されます.アイデンティティを1カ所で管理しない分散型アイデンティティシステムでもDIDとVCを用いることで,アイデンティティ情報の効率的かつ安全な管理,共有,検証が実現するのです.
この状態を更に進めたのがSSI(自己主権型アイデンティティ)です.サービスを利用するユーザ自らが自分のアイデンティティを生成する考え方です.SNS会社が提供する認証サービスを用いている場合,(トランプ大統領のTwitterが禁止されたように)会社の都合で認証サービスの利用を停止されることがありますが,SSIは自分が主権を持っているのでそのようなことは生じません.
ユーザー自身が識別子と対応する鍵ペアを作成して使う場合、第三者のアイデンティティープロバイダー( IdP)による垢バンの恐れはなくなり ます。 もちろん、クライアントが受け入れるかどうかは個別クライアントの判断 になりますが、一括してすべてだめになるということはないはずです。
ユーザが自分で自分の識別子(DID)とその暗号鍵(暗号鍵を使って真偽性を検証する)を生成すれば良いのです.このDIDをブロックチェーンに書き込めば,改ざん不能で誰にも消される心配はありません.政府によって存在を抹消される危険性がなくなるのです.
Sorvin FoundationのSSI
自己主権型アイデンティティ(SSI)をインターネット上で可能にする公共サービスである”Sovrin Network”を管理する非営利団体Sovrin Foundationは,下記のようにSSIを説明しています.
自己主権型アイデンティティ(SSI)とは、行政当局が介在することなく、個人が自分のアイデンティティを所有し、管理すべきであると認識するデジタルムーブメントを表す言葉である。SSIによって、人々はオフラインの世界と同じ自由と信頼の能力を持って、デジタル世界で交流することができるようになります。
誰もが(企業やIoTを含む)異なる関係や固有の識別情報のセットを持っています。この情報は、生年月日、市民権、大学の学位、ビジネスライセンスといったものである可能性があります。物理的な世界では、これらはカードや証明書として表され、ID保持者が財布や貸金庫のような安全な場所に保持し、その人が自分のIDやIDに関する何かを証明する必要があるときに提示されます。
自己主権型 ID(SSI)は、安全で信頼できる ID 管理システムにおいて、同じ自由と個人の自律性をインターネットにもたらす。SSIとは、個人(または組織)が自分のアイデンティティを構成する要素を管理し、それらのクレデンシャルへのアクセスをデジタルで制御することを意味します。SSI では、個人データを管理する権限は個人にあり、これらのクレデンシャルへのアクセスを許可または追跡する管理上の第三者は存在しません。
SSIのIDシステムでは、デジタルウォレットを使用し、発行されたクレデンシャルを使用して自分のIDを認証することができます。もう、新しい商品やサービスを利用するたびに、個人情報の管理を何十ものデータベースに委ねる必要はなく、ハッカーにIDを盗まれるリスクもありません。
これは、一人ひとりが自分のアイデンティティをコントロールできる、つまり自分自身が主権を持つ国家であることから、「自己主権型」アイデンティティと呼ばれています。人は自分の情報や人間関係を自分でコントロールできる。人のデジタルな存在は、今やどんな組織からも独立しており、誰もそのアイデンティティを奪うことはできません。
(DeepLによる翻訳)
ChatGPT4に聞いてみた
ChatGPT4に「SSIが当たり前になった世界がどういう世界か具体的に説明してください.」と聞いてみました.
自己主権型アイデンティティ(SSI: Self-sovereign Identity)が当たり前になった世界では、個人や組織は自分のデジタルアイデンティティを自分で管理・制御できるようになります。このような世界では、以下のような特徴があります。
1.中央管理の必要性が減少:
SSIにより、個人は自分のアイデンティティを管理し、信頼性が確保されたデータを提供することができます。これにより、中央機関によるアイデンティティ管理の必要性が減り、データ管理が分散されることが可能になります。
2.プライバシーの強化:
個人は自分のデータを自由に管理でき、第三者に対してどの情報を開示するかを選択できます。これにより、プライバシーが強化され、個人情報の不正利用や漏洩のリスクが軽減されます。
3.信頼性の向上:
SSIでは、ブロックチェーン技術を活用してアイデンティティ情報を保存・検証できます。これにより、データの信頼性が向上し、改ざんや偽造が困難になります。
4.柔軟なアイデンティティ認証:
SSIを使用することで、必要な情報だけを選択的に提供できるため、様々なシナリオで柔軟なアイデンティティ認証が可能になります。例えば、年齢確認が必要なサービスでは、生年月日を明かすことなく年齢を証明できます。
5.無駄の削減:
アイデンティティ情報の発行や検証が効率化されるため、それに伴うコストや手間が大幅に削減されます。企業や組織も、アイデンティティ管理にかかるコストやリスクを軽減できるでしょう。
SSIが当たり前になった世界では、個人のデータ管理がより自由で柔軟になり、プライバシーが保護される一方で、信頼性が向上することが期待されます。このような環境は、新たなビジネスモデルやサービスの展開を促進し、さらなるイノベーションを生み出す可能性があります。
6.グローバルな相互運用性:
SSIは国境を越えて機能し、国際間でのアイデンティティ認証が容易になります。これにより、異なる国や地域のサービスに対してもスムーズにアクセスが可能になり、グローバルなビジネスやコミュニケーションが促進されるでしょう。
7.より包括的なデジタルインクルージョン:
SSIは、従来のアイデンティティ管理システムにアクセスできなかった人々にも、デジタルアイデンティティを提供することができます。これにより、金融サービスや教育など、デジタルアイデンティティが必要とされる様々な分野でのインクルージョンが向上します。
8.オンラインとオフラインの統合:
SSIは、デジタルアイデンティティと物理的なアイデンティティを一元化し、オンラインとオフラインの世界をシームレスにつなげることができます。これにより、リアルワールドでのアイデンティティ確認もデジタル化され、効率的かつ安全に行われるようになります。
SSIが当たり前になった世界では、個人、企業、政府などがデータ管理におけるコントロールをより取り戻し、デジタル社会の発展に寄与することが期待されます。また、SSIはデータの信頼性やセキュリティを向上させるだけでなく、新たなビジネスチャンスやサービスの展開を促進する要素となるでしょう。
3.SSIという世界で生きる
SSIが当たり前の世界はどういう生活になるのでしょうか.我々は個人情報を他人に預けるWeb2の世界に慣れきってしまっているので自分の情報を自分で管理する世界を想像することが難しいですね.なので先ずSSIの世界でやりたくないことをあげてみます.
やりたくないこと
リアルな世界と同じサービスをデジタル世界で受けられない
アイデンティティ(自分の属性に関する情報)が漏洩されてプライバシーが守られない.
匿名性が守られない
サービス利用に不必要なアイデンティティまで要求される
成人であることを示すのに成人であるかどうかではなくて生年月日まで要求される
アイデンティティが改ざんされる
間違ったアイデンティティが公開される
アイデンティティが不正に利用される
アイデンティティを自分が所有・管理できず,サービス側が所有・管理している
アイデンティティを保存しているサービスがダウンするとアイデンティティを証明できなくなる
アイデンティティが散逸していてすぐに見つからない
アイデンティティを管理するために知識や技術や手間や費用がかかる
アイデンティティが正しいことを証明できない.信用されない.
クレデンシャル(認証に用いるアイデンティティ情報)が信用されない
クレデンシャルが漏洩する
色々なアカウントのパスワード(クレデンシャル)を覚える
国内で使えるアイデンティティやクレデンシャルが海外では使えない
デジタル・アイデンティティの原則
参考になるので,日経XTECHの「SBT誕生の経緯と課題、インターネットの新たなアイデンティティー層となり得るか」で紹介されている “The Laws of Identity”を引用します.
(1)ユーザーによる制御と同意
(2)限定された用途で最低限の公開
(3)正当な関係者のみへの情報開示
(4)方向付けられたアイデンティティー
(5)複数のアイデンティティープロバイダーとの技術の相互運用性
(6)人間の統合
(7)シンプルで一貫性のあるユーザーエクスペリエンス
富士榮 尚寛氏による記事「Windowsで構築する、クラウド・サービスと社内システムのSSO環境 第2回」の和訳
SSIの世界
逆に言うと,SSIの世界では前述した「やりたくないこと」は生じません.お役所に行かなくてもデジタル世界だけで自分が管理するアイデンティティを示してクレデンシャルを使ってその真偽性を検証できます.スマホだけで手続きが完了します.国内だけでなく国外のサービスも使えます.アイデンティティを自分で管理する責任が生じますが,管理できている限り漏洩したり改ざんされたりすることはありません.公開する情報も自分で管理できるしゼロ知識証明の技術を用いて(生年月日などの余分な情報を示さなくても)成人であることだけを証明することもできます.間違ったアイデンティティが流布したときにそれが正しくないことも証明できます.やり方によっては,匿名性を確保することもできます.
以下,ChatGPTに教えてもらいながらSSIにおけるDIDとVCの役割を整理します.自分で生成するDIDは,アイデンティティ情報を分散型ネットワーク上で一意に識別するためのグローバルIDを提供します.DIDに関連する情報(DIDドキュメント:DIDに関連付けられた公開鍵,認証方法,サービスエンドポイントなどの情報.DIDドキュメントも自分で生成する)への参照(ハッシュ値)がブロックチェーンで保存されます.これにより,アイデンティティ所有者が自分のアイデンティティ情報を中央権威や第三者機関に頼らずに分散型ネットワーク上で管理・更新できます.また,ブロックチェーンの特性を利用することで,DIDドキュメントの不正改ざんが困難になり,信頼性が向上します.プライバシーに関するアイデンティティ情報がブロックチェーンに書き込まれるわけではないので,誰でも読めるわけではなくプライバシーは守られます.アイデンティティを公開する際にVC(信頼できる発行者が発行するデジタル証明書.)を用いることで,アイデンティティ所有者は,必要な情報のみを選択的に開示することができます.これにより情報の取り扱いが制限され,プライバシーが保護されます.VCを自分のウォレットに保存すれば,第3者が真偽性を検証できる自分のアイデンティティをいつでも簡単に証明できます.
4.Soul
2022年に”Decentralized Society: Finding Web3's Soul”という論文でSoul Bound Token(SBT)という譲渡不能なNFTとそれが拓く社会が提案され,大きな反響を呼びました.
今日のWeb3は、譲渡可能な金融化された資産の表現が中心であり、信頼の社会的関係を符号化することは重要ではありません。しかし、無担保融資や個人ブランドの構築など、多くの中核的な経済活動は、譲渡不可能な持続的な関係性の上に成り立っている。本論文では、「Soul」のコミットメント、資格、所属を表す譲渡不可能な「Soul Bound」トークン(SBT)が、実体経済の信頼ネットワークをエンコードして出所と評判を確立する方法を説明します。さらに重要なことに、SBTは、コミュニティ・ウォレットの回復、耐シビル・ガバナンス、分散化のメカニズム、分解可能な共有権を持つ新しい市場など、ますます野心的な他のアプリケーションを可能にします。私たちはこの豊かで多元的な生態系を「分散型社会」(DeSoc)と呼んでいます。この社会性は、ソウルとコミュニティがボトムアップで集まり、互いの創発特性として、さまざまなスケールで複数のネットワーク財や知性を共創するものです。この社会性の鍵は、分解可能な財産権と、相関スコアで割り引かれた2次関数的な資金提供など、信頼と協力に報いながらネットワークを捕獲、抽出、支配から守る強化されたガバナンス機構です。このような社会性の強化により、web3は今日の超金融化を避け、社会的距離を越えてリターンが増大する、より変容的で多元的な未来に向かうことができるのです。
Decentralized Society: Finding Web3's Soul
(May 10, 2022).
Available at SSRN: https://ssrn.com/abstract=4105763 or http://dx.doi.org/10.2139/ssrn.4105763
の概要をDeepLで翻訳したものを著者が修正
以下,日経XTECHの「SBT誕生の経緯と課題、インターネットの新たなアイデンティティー層となり得るか」を参照しながら,Soulという考え方をSSIの世界に導入したいと思います.この記事に「SBTのアイデアの発端は、インターネットの世界にアイデンティティー層が欠如していることから生じている様々な問題への課題意識にあるといえる。」と書かれているように,SBTとアイデンティティは密接に関係しています.「Weyl et al. (2022)は、このアイデンティティーが欠如した状態ゆえに、NFT、DAO(Decentralized Autonomous Organization:自律分散型組織)、カストディアル・ウォレットにおいて『中央集権』サービスに依存している構造や、分散型金融では実社会において人間関係を基礎とした基本的な経済活動(例えば、無担保融資や賃貸契約)が実施困難であるとの分析を示した。」と書かれているように,自律分散型社会に移行しない現状との関係性も指摘されています.記事には更に「これらの現状を踏まえブテリン氏などが構想したのが、1人で何個でも持つことのできるインターネット上の仮想人格(アバター)である「Soul」から他の「Soul」への譲渡不能(Soulbound)な特性を有するトークン「Soulbound Token (SBT)」である。これは匿名であったとしても、所有者自身に関する情報を表すことになるため、SBTは所有者のアイデンティティーの証明になり得ると考えられる。」としてSoulとSBTが説明されています.Soul(日本語で言えば魂)はデジタル世界での仮想人格,もうひとりの自分です.
5.自己存在(Soul)としてのウォレット
自分の属性と体験を自分で管理する
ここまで述べてきたことからわかるようにアイデンティティ,自分に関するすべての情報を自分で管理することができます.これは,トータルアーカイブとでも言うべき,自分の存在すべてを自分が保存し管理する世界につながります.自分に関する属性(狭い意味でのアイデンティティ)だけでなく,自分の体験(広い意味でのアイデンティティ)をも自分が管理する世界です.デジタルな世界に自分(Soul)が存在しているわけです.今でも,自分のウォレットに入っているNFTやPOAPなどによって,自分の興味や自分の参加体験などを示すことができますが,VCも保存すれば検証可能な形で自分の技能や体験を証明することができます.ウォレットに入っているデータによって自分を示す世界が予感できます.文科省は大学入試で,学力だけではなく,高校時代の活動歴も参考にするように通達を出しています.企業への就活でもガクチカ(学生時代に力を入れていたこと)のアピールが求められています.こうしたことも真偽性を検証可能な形で示すことができるようになるのです.
プライバシーの公開範囲や利用範囲は自分が管理しますが,その許可された範囲において,ウォレットに入っている自分のデータをサイバー世界で他者と交換することで,今のSNSとは比較できないほど濃密な交流が生じます.真偽性を検証できるので間違った情報に惑わされることはありません.自分が管理しているので自分の意思に反してプライバシーを知られてしまうこともありません.自分が活動するコミュニティごとに公開する情報を選択することもできます.Soul同士が交流する社会が形作られます.
Soulを自分のウォレットで管理
この世界では,Soul(デジタル・アイデンティティ)を自分のウォレットで管理することが可能になります.サイバー世界で暮らすもう一人の自分がウォレットの中にいるイメージです.デジタル・アイデンティティがそこに入って(管理されて)います.
ウォレットのユーザビリティが必要
ウォレットの重要性が飛躍的に高まるので,現在のウォレットが抱えている欠点を改善しなければなりません.なんと言っても,秘密鍵の管理が問題です.だまされたり作業ミスで秘密鍵が漏れてしまうと,その暗号鍵で所有している全財産が乗っ取られてしまいます.また,ウォレットのアドレスは無意味な長い文字列なので覚えられないし,偽の送信先アドレスを見せられても見分けられません.先頭と末尾だけ同じアドレスに送信させる詐欺も発生しています.
Etheruemで取り組みが進んでいるAccount Abstractionによって,ブロックチェーンを利用するアカウントの柔軟性,セキュリティ,UXが向上してプロトコルもシンプルになります.つい最近(2023年3月),”ERC-4337: Account Abstraction Using Alt Mempool”がイーサリアムに実装されたというニュースも発表されたので今後に期待できます.
6.SSIの世界を妄想する
入試,海外留学,就職・転職
Web3のSSIを最も想像しやすいのはVCを用いた学歴や資格の証明だと思います.Web2の世界でもオープンバッチが発行されたり,卒業証明書を学校に発行したりしてもらっていますが,SSIの世界ではその手続きがスマホだけで完結して本物であることも検証できます.
ヘッドハンティング
Web2の世界ではLinkedInに自分のスキルなどを書き込んで転職やヘッドハンティングを待っていますが,転職に役立つ自分のアイデンティティを公開することで,検索でそれを見つけた企業からヘッドハントされる機会が生じます.
自分が好きなコミュニティで交流
Web2の世界でもSNSは大流行していて,ネットワーク効果によってSNSで活動している人が多いほど人のつながりも増えてSNSも活発(利益も上がる)になりますが,SoulとしてのSSIを見て交流が生まれてSNSに代わるコミュニティが発生すると思います.そこで仲間とコミュニケーションしたり情報交換したりイベントを立ち上げたりと言った活動が生じるでしょう.Web2のSNSはリアルなイベントで出会った人がつながるきっかけだったりしますが,Web3ではSSIを見てこの人とつながりたいというきっかけが生まれます.そこから逆にリアルな世界での交流が生まれることもあると思います.
友達探し
人間関係が苦手だったり他人の心を思い計ることが苦手だったりなど,対人関係が苦手な人にとって,リアルではないデジタル(サイバー)世界の交流は取り組みやすい可能性が高いです.Web2の世界でも,セカンド・ライフで自閉症の人たちが積極的に活動していた事例がありました.リアルな世界で引きこもっている人でもデジタル世界では外に出て活動できると思います.リアルな会話によって他人と知り合う必要性がないので,SSIを利用した友達探しは人付き合いが苦手な人にとって福音となる可能性があります.そこに新しい社会性が生まれる可能性があります.
交際相手を探す
友達探しと同じように交際相手を探すこともできます.自分のSoulを見せ合うので,リアルな対人関係よりマッチングしやすいかもしれません.
Soul同士のふれあい
Soulは個人の属性だけを保存しているのではありません.行動や体験・経験までも保存しています.だからデジタル世界に表現された自分の人格なのです.ブロックチェーンではまずビットコインという暗号通貨が実装され,トークンを使った経済活動が主になっていますが,世の中には金銭では計ることができない価値があります.リアルな世界ではそうした価値を感じる機会がたくさんありますが,Web3の世界でもSoulを実現することで,金銭では計れない価値や体験の交流・ふれあいを実現できると思います.
気持ちを伝える
Web3の世界でも,金銭では計れない価値や体験,気持ちを伝えることが大事です.Web3の世界では,言葉ではなくてトークンによってそれを相手に伝達するのかもしれません.それは暗号通貨でもなく,NFTアートでもなく,ガバナンス・トークンでもなく,ユーティリティ・トークンでもなく,SBTでもないと思います.金銭には換えられない気持ちを伝えるトークン,そういうものを発明する必要があるのかもしれません.
7.まとめ
本稿ではまず,SNS企業などに所有されている個人情報を自分に取り戻すことが期待されているweb3の世界を,デジタル・アイデンティティ,SSI,DID,VCなどのキーワードを紹介しながら説明しました.次に,自分のアイデンティティを自分が管理するSSIの世界がどのようなものかを概観しました.最後に,Soulという概念を紹介し,web3のデジタル世界に現れたもう一人の自分としてのSoulを自分のウォレットで管理する未来を妄想しました.
今後,入学試験,就職・転職をはじめとする幅広い社会・経済活動でこの世界が利用されていくことが予想されます.「6.SSIの世界を夢想する」で述べたようないろいろな未来が待っています.SSI具体化には解決しなければならない問題も多いですが,来るべき未来を夢見たいと思います.
注:Web2.5のSSIとweb3のSSI
Web2.0の世界ではSNSのネットワーク効果を発揮するために顧客は囲い込まれていました.あるSNSを利用するユーザはそのSNSに閉じ込められていて,SNSを提供する会社がユーザの情報を所有・管理していたのです.自己主権型のSSIですが,匿名性が確保されているweb3のSSIと,現状のアイデンティティをDID化したSSIとは違うものであるという見方があります.(HasuHub Research「目的が異なるWeb2.5とWeb3.0のDID/SSIを図で理解する」)本稿では特にこの差に注目せずに議論しています.
謝辞
本稿を書くに当たり,UnChain DiscordコミュニティのIDQ Soul Wallet仲間やHenkaku Discordコミュニティ仲間との議論が大いに刺激になりました.著者はもともと「地球環境に負荷をかけない経済成長ができるweb3のSocial Design」に2022年3月に興味を持って取り組み始め,2022年秋には文科省のScheem-Dで「ブロックチェーンの特性を活用した教育の向上」を発表し,そこから学習成果の可視化に関心を持って調べだしてVCを知り,更にSSIを知ってこの原稿を書くに至りました.web3の可能性を信じる人間として,人類の幸福につながる社会をデザインしたいと願っています.