対象に焦点を結ぶかどうか?

美術作品の中にある対象に「しっかり焦点を結ぶ」か否かというテーマが、近代美術のテクスチャー、マチエール依存の流布された低調なイデオロギーの裏にあった、ドミニク・アングルなどの隠された肯定的(これも近代以後と言える)提起の側面。同様にカメラオブスクラという機器を使ったレオナルド・ダ・ヴィンチの「ルネサンス」以後を、近代芸術と大きく捉える必要がある。

同時に、重要なのはカメラオブスクラも、ヨーロッパの発明ではないということ。古代ギリシャの自然哲学が、イスラム圏を通じて中世ヨーロッパに伝えられ、自然科学を生んだという文脈がここでも重要。ピンホールカメラの現象は、すでに古代中国や古代ギリシアで、葉の小さな穴などを通して像が結ぶということが発見されていたという。

 
参照。 
 

タレブはポパーの否定的知識(subtractive knowledge)を高く評価し、イノベーションに必要なのはビッグデータではなく、既存の常識を否定することだという。そういう自由な学問が初めて生まれたのは、古代ギリシャだった。

ソフィストと呼ばれるソクラテス以前の自然哲学者は互いを自由に批判し、タレスやアナクシマンドロスは弟子が師匠を批判することを奨励した、とポパーは書いている。彼らは原子論やピタゴラスの定理などの自然哲学を生んだ。クセノパネスはこう書いている。

 神が万物を明らかにするのではない
 われわれが自分の探究によって
 時とともに学び、知識を深めてゆくのだ

しかし古代ギリシャの自然哲学は、ローマ帝国に継承されなかった。それがイスラム圏を通じて中世ヨーロッパに伝えられ、自然科学を生んだのは、その1700年も後だった。なぜかくも長い間、古代ギリシャのイノベーションは忘れられたのだろうか。
https://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/52082068.html

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