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虹の架け橋~大人になっても憧れの父~

ある穏やかな休日の昼下がり。私はダイニングテーブルでアイスを口に運びながら、ゆったりとした時間を過ごしていた。窓から差し込む柔らかな日差しが、テーブルの上を照らしている。突然スマートフォンのバイブが鳴った。画面を確認するとそれは父からのメッセージだった。

「外に虹が出ているよ」

たったそれだけの内容だった。しかしそれを見た瞬間、私の顔に自然と笑みがこぼれた。私は、結婚して親元を離れ、同じ市内に暮らしている。父はいつまでもこんな風に、小さな幸せを私に分けてくれる。昔から変わらない父の優しさに胸が暖かくなる。

私と父の関係は幼い頃から特別なものだった。2人姉妹の長女として生まれた私は、父にとって初めての娘。言葉通り、父は私をとてもかわいがってくれたのを覚えている。休日でも仕事の電話が鳴る、忙しい父。それでも時間を作っては私を遊びに連れ出してくれた。

よく覚えているのは、父の背中にしがみついていた感覚だ。大きくて頼もしい背中、そこにはいつもタバコの香りが漂っていた。私はその背中で、何度もうたた寝をした。忙しい父を独占したかったのだろう。仕事の電話が鳴るたびに、私は携帯電話を何度も睨みつけていた。

父との思い出は、多岐にわたる。父の友達家族と一緒に海に行ったり、地元のお祭りを楽しんだり。家族でお出かけする時も、重さもあるのだろうが、私を抱っこしてくれていたのは父だった。その姿は今でも私の中に残っている。

思春期に入ると、父と妹との関係性により違いが見えてきた。妹が父を避けることが増え、思春期でも父が大好きだった私は、父とより仲良くなったように思う。二人でご飯に行ったり、ドライブに出かけたり。そんな時間の中で私は、様々な相談事を父にするようにもなった。

父から受け取った言葉で、今でも私がずっと大切にしているものがある。

「勉強はできなくてもいい。友達を大切にしろ。」

この言葉は、父の生き方そのものを表していた。父には本当にたくさんの友達がいる。人との関りを大切にする父の姿は、子どもの私の目にも強く映っていた。

今では少し問題と捉えられてしまうかもしれないが、月に数回、父の友人たちとの飲み会に私も参加していた。大勢の友達とその子どもたち。音楽と笑い声が聞こえる。まだ幼い頃の私の記憶は、ご飯をお腹いっぱいに食べた後、父に抱っこされているところで途切れているーー。

友達を大切にする姿は父の背中を見て学んできた。一緒に過ごし、会話を交わす瞬間、そして「親しき中にも礼儀あり」という教えを心に刻んだ。思いやりを忘れないこと。約束を守ること、感謝の言葉をしっかりと伝えること。これは今でも私が大切にしている価値観だ。

父はいつも周りの人々の笑顔の中心にいた。そんな父の姿は、私にとって憧れだった。小さい頃は分からなかったが、楽しむ中にもしっかりと気遣いをしている父に大人になってから気が付いた。そして話を振るのも上手なのだ。楽しい雰囲気を作りながらも、周りへの配慮を忘れない。そんな父の姿に私は今でも、憧れを抱いている。

そんな父は、今でも変わらず私を大切にしてくれている。私に娘ができたときの父の喜びようは、今でも覚えている。孫を可愛がるおじいちゃんになった父の、とろけるような笑顔を見ていると、私も親孝行できているのかな、としみじみ感じる瞬間がある。

「外に虹が出ているよ」

そんな小さな幸せを、アラサーの娘に、(いや、もしかしたら孫にかもしれない。)共有してくれるかわいさも持ち合わせているのだ。そんなな父を思うとほっこりする。お茶を一口飲んで、窓じから空を見上げた。確かに綺麗な虹が2本架かっていた。

すぐにスマートフォンが震えた。

「二本かかってる、早く見て。」

文面はぶっきらぼうだが、その内容は純粋な虹の報告。思わず「ふふっ」と笑いがこぼれた。

「虹だって!じいじが教えてくれたよ!」

娘に報告しながら、私も父のような親になりたいなと、改めて憧れを抱いた。世代を超えて、こうして小さな幸せを分かち合える関係性。それが私が目指す親子の姿だな、と思う瞬間だった。

父への感謝の気持ちをこめて、返信しながら、近いうちに会いに行こうと心に決めた。いつも私たち家族に、ささやかなプレゼントをくれる父に、今度は私から何か送りたい。大好きなアイスを持って、娘と一緒に会いに行こう。そんなことを思いながら、スマートフォンに視線を戻しアイスの種類を調べ始めた。

振り返れば、父との思い出は私の人生の進路に散りばめられている。幼い頃の遊び、思春期の悩み相談、結婚式で涙をこらえながらしてくれた祝福。そして私の娘の誕生を共に喜ぶ瞬間まで。時が流れ、私たちの立場や関係性は変化しても、父への愛情と尊敬の念は少しも変わらない。

父から学んだことは、人とのつながりを大切にすること、小さな幸せに気づき、それを分かち合うこと。そして何より、愛する人のために時間をかけて努力を惜しまないこと。これらの教訓は、今の私の生き方の基盤だ。

父のような存在になりたいと思いながら、私は自分の娘を育てている。娘の笑顔を見るたびに、きっと父も同じ気持ちだったのだろうな、と想像する。私も父のように、小さな幸せを幸せと感じ、それを伝えられる親でありたい。

虹のかかった空を胸に抱き、私は深呼吸した。この瞬間、この場所で、私たち3世代の絆を強く感じた。父から私へ、そして私から娘へ。このバトンは確実に受け継がれている。

父の愛情表現の一つ一つが、私の心に深く刻み込まれている。父なりの方法で愛情を伝えてくれているのだろう。

虹はだんだんと消えていくだろう。でも、この瞬間に感じた幸せと家族の絆の暖かさは、きっと、ずっと私の中に残り続けることに違いない。父への感謝、そして自分も父のような存在になりたいという願い。これらの思いを胸に、私は新たな一歩を踏み出す準備ができた気がした。

窓の外に広がる虹を最後にもう一度見つめて、私はゆっくりとスマートフォンを手に取った。父へのお礼はメッセージと、近々会いに行く約束。そして、娘と一緒に選んだアイスにしよう!この計画を胸に、私は幸せな気持ちで満たされた。

この瞬間のこの感動を、いつか自分の娘に伝えられたら……。そう思いながら私は静かにほほ笑んだ。父から娘へ、そしてその先へと続く愛の連鎖。それはまるで空にかかる美しい虹のように、私の人生を彩り続けるだろう。

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