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短編小説

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読むのも書くのも大好きな短編小説です。「非リアルをリアルに書く」をモットーに幅広い作品をつくります。
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記事一覧

短編小説 / 雨宿り

短編小説 / 雨宿り

 木曜の昼下がり、十七歳の少年は喫茶店のソファで一人、苦い珈琲を飲んでいた。
 意味を持たない学生服。
 財布だけをつっこんだカバン。
 通知の来ないスマートフォン。
 誰に話しかけられることもなく、また話しかけることもなく、窓の外を眺めては珈琲を一口飲む。ただ現実に落ちこぼれていた。
 自分は何がしたいのか。何をするために今、生きているのか。大人という大人に腐るほど吐かれた言葉が頭を巡り、全てが

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短編小説 / 階段 前

短編小説 / 階段 前

 あの横顔が、忘れられない。
 帰り道の列車の中で、私はふと昔のことを思い出した。
 澄ました目で、黒板の汚い文字を見、拙い文字で大学ノートに書き写す。黒板から机へ首を下げ、書いてはまた首を上げ、黒板をじっと見つめる。そんな彼の顔が、素敵だとは思わない彼の横顔が、どうしても頭から離れなかった。
 彼のことを思い出し浸っていた私は、間違いなく現実に帰ろうとしていた。
 東京から越してきて、もう何年も

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短編小説 / 階段 後

短編小説 / 階段 後

 あの横顔が誰だったのか、未だに思い出せない。
 俺が最後にあの場所へ行ったのは、大学受験の半年前だった。

「んー、だからもう、十年も前だな」
「そんな昔になるか。いやーでも、こんな所で再会して、こんな仲になるとは。分からんもんだね」
「それなー」

 十年前の夏、俺は人生を捨てた。
 お前なら行ける、もっと追い込んで、上にいる奴らの肩落とさして、そうすれば未来は安泰だ、って何度言われたことか。

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短編小説 / dawn girl

短編小説 / dawn girl

 寝癖うざい。
 なんでだろ、寝相良い筈なのに。
「眠、」
 真夜中の冷たい空気は好きだ。いつも私を攫ってくれる。早く真夜中になって欲しい。星なんて出なくていい。ただ、あの冷たい真夜中になって欲しい。なんて、まだ夜明けすら来てないのに。
 だから私はおひさまが嫌いだ。
 目が覚めちゃったらとりあえずベランダに出て煙草。空気を吐いて風を浴びながら、なんか色々考える。在り来りなこと。世界が止まってるみ

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短編小説 / 某日

短編小説 / 某日

 朝七時の快速は殺伐としていた。
 いつもと違う電車で、いつもと違う出勤。けれどそこに面白みはない。
 久々に会ったツバメはおとなになっていた。悪いのはアイツだって何どもを私を慰めてくれて、人の前でなんて何年振りだっただろう。たくさん悪口を言ってたくさん泣いた。
『また会いに来てよ』
 朝遅刻して仕事もミスって、『もういいよ』って上司に笑われて、会社入ってほぼ初めて定時退社した昨日。嬉しくも寂しく

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短編小説 / いない君へ

短編小説 / いない君へ

「ごめんな、中々遊んでやれなくて。今度どっか、海でも行こうな」

西暦2124年 春

「私が人間であることを証明してください」
 昼下がりの街角で、少女は極めて真剣な表情をしていた。
「そんなこと、急に言われても」
「サクさんはあそこの研究所で働く研究員なんですよね?なら人間の細胞も調べられますよね?そこの案内所のとこに書いてありました!!!」
「まぁ、ま、お、落ち着け一旦、」
 声を張るマイに

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短編小説 / 友達

短編小説 / 友達

 今日も空は青かった。

 研究室はその日を浴びて暑く、少女は装置の前で無造作に並べられた装置や実験器具を眺めていた。
「やっぱり…いや、ごめん。ありがとう。君、名前は?」
「…わかりません」
大きなドラム缶くらいある装置の前と後。微妙に隙間を保った二人は気まずそうに会話をしていた。
「…そうか。まぁいい、座って」
検査結果が表示された端末に彼は小さく『hana』と書く。
 少女は古びた木製の椅子

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短編小説 / かえり道の記憶

短編小説 / かえり道の記憶

 その日もココが選ぶ道を、いつもと同じ様に歩いていた。一本のもみじの木は家から畦道を歩いた先にあって、誰もいない山あいの田園には勿体ないくらいに目立っていた。
「かわいい子犬だね」
シワシワの白シャツと黒いワイドパンツ。肌が白くて、透けているみたいで怖かった。名前は、と私へ尋ねながらしゃがんで、その勢いで漏れた息が風を押して聴こえる。
「ココです」
「ココくん。いい名前」
変だと思った。性別を知ら

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