「独学者の慈父・澤野民治」そして三島(教養課程)時代の思い出〜
いま、書き進めている時代とオーバーラップする記事を一つ挟ませていただきます。
「日本大学のあゆみ・第3巻」(日本大学広報部大学史編纂課)を読んでいて、独学者へ法曹への道を拓いた澤野民治氏(日本大学高等師範部卒業)についての記述を見つけました。
彼は日本大学法制学会を設立し、地方にあって、向学心を持ちながらも、経済的に恵まれない青少年を支援するため、通信教育によって勉学の機会を与え、国家試験を志す学生をバックアップした人物。
当時の普通文官試験、高等文官試験そして難関であった司法試験にも力を入れ、その献身的な努力で独学者の多くを合格に導きました。
独学者たちを励ました澤野氏の訓話の一部が載っていましたので、ご紹介します。
勇気がわいてくる言葉だと思います。
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元来、学問をするのには、学校だけが学問をする道場ではないので、今日の様に文運の啓(ひら)けた時代に於いては、志さえあれば山間僻地に在っても、十分に実力を養ひ得るのである。
何も学校に学ぶ学生を羨む必要はないので、実力さえあれば、必ず何時かは夫れ等の者を凌駕し得るのである。
青年は須(すべから)く自己の実力を養う事に専心努力し、学校崇拝病の悪夢から醒めなければならない。
諸君、諸君は決して貧困を嘆いてはならぬ。
そして鞏固(きょうこ)な意思を培はねばならね。
一旦志を立てたならば決して右顧左眄(うこさべん)してはならぬ。
唯一路其の目標に達するまでは邁進せねばならぬ。
古往今来、洋の東西を問はず、天下に名を為し、天下を率いたところの偉大な人物というものは、皆貧困の家に生まれ、自己の力で自己の運命を開拓して、嘗(かつ)て徒に人の力を藉(か)りた者は一人もない。
赤貧洗うが如き中に人となった人の中にこそ大人物が多い。
(P86〜87)
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「鉄の意思」をもって、「負けてたまるか」の精神で乗り切ろう、という気持ちが伝わってきます。
「よし、頑張ろう!」
そんな気持ちにさせてくれます。
「日本大学のあゆみ」は通信教育部のメディア授業『日本大学を学ぶ〜その120年の歴史〜』の講義原稿をもとにまとめられたもの(全3巻)。
もちろん、第1巻、第2巻も読みました。
この第3巻には、教養課程の一年間を過ごした三島校舎(教養部・短大)についても記されています。
当時(昭和52年)、同じクラスの仲間に呼びかけ、投稿した小論(一応、経済学部でしたが、世間知らずにも教育について論じました(^_^;))を載せていただいた「学生会誌」(発刊当時は『学友会誌』)についても触れられており、当時を思い出します。
住友銀行へ進んだIくん(広島観音出身)は短歌を投稿。
クラスメイト(L13クラス<経済学部経済学科>、第二外国語・ドイツ語クラス)で、福岡に本社のあるディスカウントショップ「ミスターマックス」の社長をしているHくん(大分舞鶴出身)は小説を載せてました(九州在住の方には名前はバレバレですが(^_^;))。
「学生会誌」に載った作品の多くは私のクラスメイトによるもので、クラス担任の先生(物理学の山崎先生)も称賛。
小論が載ったことを下宿の大家さん(伊豆箱根鉄道駿豆線の二日町駅が最寄駅でした。ちなみに、大家さんは伊豆箱根鉄道勤務、長女のHさんは当時女子高だった三島北高の1年生でした。長男のSくんは、後に日大三島高を経て日本大学へ進学。)にも「頑張ったね」と誉めていただきましたっけか(^_^;)
本書は富山県立図書館に、発行者である日本大学から寄贈されたもの。
あらためて母校への思いを強くした一冊です。
(引用文献:「日本大学のあゆみ」第3巻)
本書は、2012年1月9日に読了しています。
(補記:この頃から読書記録を現在もつけ続けています。)