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生命保険の「不幸中の幸い」もないなんて

 生命保険の保険料率は、次のような構成になっています。

●保険料
=①積立保険料(将来の満期などに備えたもの→解約返戻金の元)
+②危険保険料(単年度の死亡等のリスクに備えたもの)
+③付加保険料(保険会社の事業費に充てられるもの→社員の給料の元)


 これらは、統計学の知見がベースの保険数理にもとづいて、極めて厳密に計算され、監督官庁の許認可にもとづいて提供されるものです(★よって、すごく変なものはない!!)。

 で、単純に言うと、契約者全体の保険料の総和から、上記①~③が振り分けられる性質により、統計的に平均を取れば、保険会社の事業費としての取り分である③付加保険料の分だけ、契約者側が、損をする仕組みになっているのです。

 では、なぜ、そんなものが売れるかと言えば、契約者側に、何か大きな事故(例:死亡、入院・手術、高齢期の生活費、後遺障害、介護など)が起こった際には、大きな経済的損失が見込まれるため、その回避のために、事前に保険料を払って、生命保険に加入するのです(★保険は、決まって前払いですよ。)。

 で、ここが重要なんですが、こういった大きな事故というのは、大抵の場合、「小さな確率で発生する不幸な事故」なんです。

 さらに言うと、生命保険というものは、そういう「小さな確率で発生する不幸な事故」に該当した場合、当該契約者が支払った保険料総額よりも、大きな保険金を契約者側に支払うという、いわば「不幸の宝くじ」的な商品なんです(★言葉は悪いが、本当です。)。

 しかし、これはそういった経済的損失が見込まれる不幸な状況を、経済的に支援するための性質のものであるため、単なる「(当たったら単純にウハウハの)宝くじ」とは、全く一線を画するものです。

 そうであるため、生命保険で当たりを引いた人は、不幸な状況に陥った人ではあるのですが、経済的な力(保険金のこと)を得て、再起が図れるという代物なんです。

 私は、「不幸の宝くじ」と揶揄やゆしているつもりは、全くないのです。

 むしろ、不幸な状況に陥ったとき、そういう金銭的な支援すらなかったら、「おたくは、それから一体どうするつもりなんですか?」と、聞きたいくらいです(★マジです!!)。

 例えば、金庫などに「うーん、うーん」とうなるほどの金額のお金をお持ちの方は、確かに生命保険による経済的支援は要らないかもしれません。
 ※これを第三者たる保険会社の力を借りずに、自分の力でリスクをまかなう「自家保険」と言います。ホリエモンこと堀江貴文氏などは、自家保険の立場から、保険は要らないと言っています。まぁ、そうでしょうね。

 でも、一般ピープルたる庶民は、経済的損失の大きい事象が、何らかの出来事により発生した場合、そんなに蓄えがあるもんじゃないですから、「大変、困る」のです。

 そういった「大変、困る」状況って、人間がアリならぬキリギリス的にできているのか、想像を事前にしない人が結構多いんです。

 その楽しくない想像を、より有意義な事象に転換して感じていただく、いわば誘導役が、保険営業職員なわけなんです。

 どんな業界でも、お代をいただかない仕事はありません。その正当なお代が、先の③の付加保険料になるのです。

 生命保険は、「不幸の宝くじ」ですから、当たらなくて「ラッキー」ですし、当たれば「不幸中の幸い」です。

 その「不幸中の幸い」もない「不幸の中の不幸」だと、人生楽しくないです(T_T)。

 保険会社は、その「不幸中の幸い」の場面で、どれだけ世間のお役に立ってきたか、ちょっとは自負してもいいと思いますよ(^^)。

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