お米お願いね
「お米お願いね」
このセリフを私は生まれてから何回聞いただろうか。
おそらく母は「いってらっしゃい」の次くらいにこの言葉を私にかけていると思う。
意味は「お米炊いといて」である。
公園から帰ってきた小学生の私にいつも通り声をかけるのだ。
「買い物行ってくるから、お米お願いね」
「何合?」
「3.5やな、夕飯何がいい?」
なんで希望通らんのに聞くねん、と思いつつも「肉じゃがやな」と答える。
「考えとくわ、ほな行ってくんで」
考えとくってなんやねん。
こんなやり取りをして、せかせか母は家を出ていく。午後5時くらいの話。
言われてすぐに取り掛かるほど優等生でもなかったからこの時間はいつもダラダラ本を読んで過ごしていた。
ふと時計を見ると6時を回っている。まずい、あと少しで母が帰ってきてしまう。台所まで飛んでいく。
お米を釜に入れる。精米したてのときはいい香りがする。水に浸す。そしてすぐに流す。米は自身に含む水の70%を最初に吸収するらしい。米の一粒一粒がわちゃわちゃしているもんだから、その騒がしいのを制するようにとある一粒に疑問をぶつけてみた。
「研ぐってなに?」
「えっ、」
「洗うでも混ぜるでもなく研ぐってなんやねん。」
「いやぁ、ちょっと…」
「研がれたらどうなんの?」
「おいしくなってると思います…」
「へぇ、」
米は研ぐものだって教えられてきたから特に気にしたことはなかったが、そもそも研ぐとはどういう意味なのか。ただ米をガシガシやることが研ぐということなのか。きっと美味しくなるおまじないみたいなものだろうと思っていた。終わったあと、美味しくなっているらしいから。
丁寧に水の量を調節して、炊飯器のスイッチを押す。と、同時に、玄関から音がする。
「お米ありがとー、ってなんであと59分やねん!」
「すんません!…んで、今日の夕飯は…」
「アジの開きとひじき煮」